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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
慶長15年(1610年)5月2日の和歌の会にて。
詠靏有遐齢和歌

法印龍伯
行末もさそなかさねんわかの浦に
むれつつあさる靏の毛衣
(「薩藩旧記雑録」後編4-690)
タイトルは意訳すると「高齢と鶴を掛け合わせて詠む」ということらしい。

この会は、親しい家臣だけを集めて行われた歌会だったようです。他のメンバーの和歌は以下の通り。
         沙弥玄与
雲井よりおりくる靏のよはひをや
はまのまさこにかそへそえなむ

沙弥永温
瀧つせのなかれたえせぬすゑとめて
あさりしつるも萬代のこゑ

沙弥宗察
ともにとやよハひをへたる山松の
木すゑになれてつるのすむらむ

沙弥栖幽
うこきなきいハほの松をねくらにて
いく代か経なむひな靏のこゑ

沙弥与進
わたつ海のあしはらとなりしむかしをも
田鶴よりほかはたれかしらまし
夏日詠靏有遐齢和歌

大膳亮忠俊
とも鶴のはねうちかはす雲ゐより
千代をふるてふこゑをきくかな

越前守宗親
かけたかきみきりの松にすむつるの
よハひに君をたくへてやみむ

大炊助久正
白妙の雪遠<令羽>のまな靏は
いく世の夏をよそにふるらむ

右衛門尉豊信
仙人も住計なりとも靏の
なるゝみきりに年を経ぬれは

右衛門尉元綱
聞からにけふそ千とせのはしめなる
みきりの松のひな鶴のこゑ

長門守重位
千とせふるまつの木すゑや久かたの
雲井のつなのやとりなるらむ

筑後介住房
かハらすも馴来てすめる友鶴の
齢ひや松にいく世へぬらむ
慶長十五年五月二日 和歌會
『正會紙之順、公 忠俊 玄与 宗親 久正 永温 宗察 栖幽 豊信 元綱 重位 与遐 住房、題書違候故略写し候付、為見合書付置也』

メンバーのうち「大炊助久正」「長門守重位」については4首目参照。「越前守宗親」はおそらく義久専属家老の平田宗親と思われます。島津氏の家老(国老)・平田増宗の弟で、義久死後に後ろ盾を失い、島津家久(忠恒)によって自殺に追い込まれます。「右衛門尉豊信」は以前拙ブログでネタにした八木豊信かと。…後のメンバーはよく分からないヾ(--;)

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