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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
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実は上記エントリ、地道に人気のあるエントリで(汗)アクセス解析で見ると結構これを目当てに拙ブログに来ている人が多いみたい。
さて、この前話では「この"小西行長の子孫"、どうも出自がはっきりせん…」というところで終わっていた。

…終わるはずだった。

が!なんと今になってまさかの続きが




先日、CS「時代劇専門チャンネル」にて再放送されていた「ぶらり探訪!東海道」をチェックしていたところ、小田原編で登場した由緒ありげな薬局「済生堂小西薬局」。なんとここの当主は小西行長の末裔らしい! (゚∀゚)
…が、よくよく話を聞いたら、行長のの子孫だった_(。_゜)/
番組に登場された現在の御当主が語る家伝によると
「関ヶ原の合戦の後逃亡した小西行長の弟が、この小田原にて元の家業で身を立てて成功した」
らしいとか。

しかし不思議なのは
小田原というのは江戸に近く、更に譜代の中でも老中に任じられる重臣が封じられる場所だったこと。そんなところによりによって小西行長の一族が…いや裏をかいたのか?

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真偽は別にして
小西行長は男系は絶えてるから、残る可能性は弟系統になるはず。

石田三成の娘、辰姫の息子が津軽藩主になるくらいだから、庶流には寛大かも。
本物なら目付の監視が行き届くように、所在地の指定を受けたかもですね(*^_^*)

関連記事、、、
小西とか関ヶ原負け組なら、アッチへ連れ出しやす、、、ゲホゴホゴニョ
時乃栞 2014/02/06(Thu)14:15:39 編集
以前
数年前のニュースで、文禄慶長の役時、
朝鮮王朝の行政官として最高位にあった
柳成龍の没後400年の追悼行事があった際、
小西行長と宇喜多秀家の子孫がそれぞれ
参加し、李舜臣や明の武将の子孫と和解
(ん?慶長十二年のは?と当時は
思ったものでしたが)・・と
ありましたが、その時参加された方なのかな。

1000年恨むとか言ってるクネさんはきっと
知らないのだろうな~。
まあまともに話し合いなど出来な・・
うわなにをするやめ(略
平八 2014/02/06(Thu)16:55:28 編集
後で詳報?します
皆様返事が遅くなり心苦しく思っております<(_ _)>

さて問題の「小田原の小西さん」ですが、ネットで検索するとわんさか出てくる「韓国に行っている小西さん」とは別の名前だったように思います。



後で録画見直します(爆)

ただ、韓国小西さんが小田原小西さんの親戚である可能性もあるし…うーむ。
ばんない 2014/02/08(Sat)00:29:23 編集
続報(自己レスです)
録画を見直しました。

小田原の薬局の小西さんは「小西正樹」さんとおっしゃるそうです。ちなみに15代目だとか。初代が小西行長の弟と伝えられているそうです。
ばんない 2014/02/11(Tue)14:36:30 編集
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