拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
鈴木貞一の日記が昭和8年分も翻刻されてるようなので入手してみた。(『史学雑誌』87(1))
…まあ、今田の話はなかったわけですが_(。_゜)/
気になることなど
…まあ、今田の話はなかったわけですが_(。_゜)/
気になることなど
・相変わらず政治家とか西園寺公望の秘書(原田熊雄)とかの面会が多い、政治大好きな鈴木貞一
・この当時(昭和8年)は「皇道派」とされる鈴木ですが、「統制派」の代表格である片倉衷や武藤章も出入りしています
・なんとあの浅原健三に1回だけですが会ってます。驚き。
・このころはあの「神兵隊事件」勃発中 その処理に苦心している様子
・…なら今田にもちっとは言及して欲しかった_| ̄|○
・上記のせいもあって陸軍大臣を辞任しかけている荒木貞夫。ところがその跡目に真崎甚三郎が色気を出しているのに不快な様子の鈴木。
・上原勇作死去にショックを受けている鈴木。
・「この私こそ上原元帥のご遺志を継ぐのだ」と勝手に決意するのはいいんだが…歴史とは残酷な物よのう
・あの堤康次郎の収賄記事が(爆)
・紀州徳川家の売り立て会に出かけてみるが、全く出物が無くて_| ̄|○の鈴木 「紀州徳川家も落ちぶれたよね」とついつぶやく…
・「永野護」と言う人物に何回か面会しているのだが、まさかあの遅筆な漫画家じゃないよなヾ(--;)
一か所気になる記述がある。
10.1<宛にしないで欲しい補足>
1、夜神田君来訪、食事を共にしつつ予の思想を注入す。彼は予の細飽となりて大いに活動すへきを述ふ。水戸学全集の内二冊及び欧州大戦史を貸与し研究の資と為さしむ。
・神田君:神田正種?確かに鈴木貞一は神田よりは士官学校で1期上級ではあるが…1期違いでここまで高圧になるかな
鈴木貞一と同じ思想を持って活動させるというのが、以前紹介した今田に関する記述とかぶる部分があるのだが…
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