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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
今までも時々書いているが、高島辰彦(「高辰彦」とも)は今田新太郎の陸軍士官学校(30期)、陸軍大学校(37期)の同期。一時期、今田と同じ職場(参謀本部作戦計画課)にいて、力を合わせて日中戦争の非拡大に努めたが挫折したのは、この時代に詳しい人ならご存じの人が多いだろう。終戦時にはクーデターを起こして終戦詔勅をひっくり返そうとした反乱軍を止めることに成功している。
-そして、昭和32年(1957年)柳条湖事件の実態が花谷正によってばらされ、一般人は勿論、陸軍OBからも逆風に曝される中、恐らく唯一今田の擁護を行った人物と思われる。

この人は大変優秀な人で、陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学校すべてを首席で卒業した。ちなみにこれを達成したのは4人しかいないらしい。

…が、頭が良すぎたのか、かなりの不思議ちゃんだったようだ。

稲田正純に「気狂い」と言われたのは既述だが
その他「スメラ会」と言う何とも胡散臭い団体に首を突っ込み
「皇戦会」という名前からしてあれな団体を組織してみたり
西暦やめて神武紀元使えとか熱心に言ってみたり
皇国』という本を昭和13年に書いたりしている。かなり長い本なので目次とさわりだけちらちら見たが、いかにも戦争中の右翼な本だなーというか、これ読んだ後に石原莞爾の本見たら莞爾がものすごくまともに見えるヾ(--;)
戦後は戦後とて、相変わらず極右だしヾ(--;)、何を思ったのか孫文の日本での隠し子を見付け出して精神的・物質的支援をおこない、中国共産党の副主席(孫文未亡人)宋慶齢に繋ぎをつけ、日中和解を計ろうとしたらしい(参考こちら)。
…あ、ついでにカルピスフェチだったそうだ(爆) 幼少時カルピス原液で飲んでたらしい私としてはとても親近感がヾ(^^;)

ところで
上記のリンク先を見ると、どうも高島辰彦は戦後東条英機の擁護を行っていたらしい。この論旨は、最近『未完のファシズム』あたりで言われていた論理と同じではないかと思われる。しかし、今田は強硬なアンチ東条だったわけで…

戦後今田が長生きできたら、
竹刀を担いだ陸軍最強レベルの剣士・今田とカルピスの空き瓶を持った高島とのバトルが見られたのだろうか…何となく見たいような見たくないような。

しかし今田の周りって莞爾といい津野田といい、そしてこの高島といい…こんなのばっかりですか(涙)

おまけ
彼の日記は現在防衛省戦史資料室にあるようです。読みたいが東京遠いし_| ̄|○ 誰か翻刻プリーズ

おまけ2
アジア・太平洋戦争期の戦略研究における地理学者の役割 : 綜合地理研究会と陸軍参謀本部
どうも地政学にも首突っ込んでいた高島さん、だが、どうもそれは上層部には理解されていなかったらしい…
ちなみに上記の論文に唯一ネットで見られる高島さんの写真が載ってるよ!参謀本部作戦計画課3人衆?(残りは今田堀場さん)と比較してお楽しみ下さいヾ(^^;)

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