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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
またまた石原莞爾本から紹介。
今回は石原莞爾の日記です…が、莞爾の日記って事項の簡単な羅列だけで、色気も素っ気もないんだわな。
余り期待せずにどうぞ(^^;)

・参照したのは『石原莞爾選集9 書簡・日記・年表』です 昭和4~6,10~12、14~16年分が載っています
 それ以降も日記が残っているようですが(鶴岡市立図書館所蔵)、自筆本のみで翻刻されていないようです。
 …ま、今田は18年以降ニューギニアに飛ばされてしまって出てくる可能性は0なんで_| ̄|○
・本文は漢字カタカナ交じり文ですが、入力がめんどくさいので(をい)漢字ひらがな交じり文にしております  御了承下さい



昭和6(1931年)
(中略)
4/4 午後、今田君来る、一泊。
4/5(日) 板垣さんを今田と共に訪問
     昼食大和ホテル、夕食弥生
(中略)
5/31(日) 朝、花谷、今田両氏来り板垣大佐宅にて謀略に関する打ち合わせ
      午後、雄峰会に出席、終電車にて帰る
(中略)
8/2(日) 午前10時半林総領事訪問、物別れとなり、直ちに中央部に打電、午後、今田訪問、玉翠にて御馳走になり8時半出発
(中略)
8/26 奉天にて病臥中の花谷にあひ後、今田と守備隊訪問
    急行にて安奉線へ、鶏冠山泊り
(中略)
9/14 長春検閲
    今田帰る
    15日の会議を約し今田かえる
9/15 奉天検閲第一日
    午後9時半より機関にて会議、これに先立ち建川来る飛電あり午前3時にまでの議論の結果中止に一決
9/16 出発前三谷をよぶ
    今田、中野氏より18日に決定
    遼陽巡視
    夜、今田、中野来り打合せ
    本夜緒戦
9/17 遼陽検閲終了
    河村大佐へ依頼
9/18 緒戦は成功せざりしが如し
    朝甘粕来る
<ばんない注>
・板垣さん:板垣征四郎
・大和ホテル:満鉄経営の高級ホテルチェーン。ここに出てくるのは旅順か奉天のヤマトホテル。
・雄峰会:満州青年協会と並んで在満州の有力な日本人団体の一つ。その後満州国の運営にも参画するが、ケンカ別れする。ちなみに満州青年協会の有力メンバーの一人が小沢開作(あの小澤征爾の父)
・林総領事:林久次郎奉天総領事(当時)。当時のメモは書籍化されている。(満州事変と奉天総領事―林久治郎遺稿 (1978年)
・建川:建川美次参謀本部第1本部長(当時)。戦後の花谷正証言では謀略に賛成していたとするが、今村均が当時聞いた話では「全然聞いてなかった!」とのこと(『今村均回想録』)。
・三谷:三谷清奉天憲兵分隊長(当時) 後に事変のどさくさに紛れて東北軍閥の親族・張作涛の財産を横領していたことがばれる。
・中野:中野良次関東軍参謀(当時)
・河村:河村大作予備役大佐。あの張作霖爆殺事件の首謀者である。
・甘粕:甘粕正彦予備役大尉。有名すぎて書くこと無いけど、この後満州国の"帝王"となり、石原莞爾と対立。


昭和12年(1937年)
(中略)
3/9 甘粕来る
   和、浅、と懇談
(後略)
<ばんない注>
・和:和田勁予備役大尉、当時満州国協和会幹部。戦後あの辻政信をかくまったらしい…万死に値する(ヲイ)
・浅:浅原健三、満州国協和会幹部にして石原莞爾のブレーンの一人。『反逆の獅子―陸軍に不戦工作を仕掛けた男・浅原健三の生涯』に詳しい。


昭和14年(1939年)
(中略)
5/1 白柳氏より資金につきの来信宮崎氏に頼む大橋忠一、中山優、今川氏、今田より来信
(中略)
6/29 今田より鷲崎のことにつき航空便あり直ちに返信
    新任学ム部長来訪
    神田一の照会にて佐藤清作氏来り司令部にて中食してかへる
    與論指導要領中
    「東亜共同体論につき」
    なる馬鹿げた一項あり
    今川の紹介にて蒙彊の菅沼青年来る
(中略)
8/1 午後4時発表
   多田将軍及今田より来信
(中略)
9/2 平林、中村源彦、白柳、牛島、今田、杉浦等来る
   今田呼び出されたる理由驚く外なし
(中略)
9/4 今田、牛島と共に来り取調のことを聞く
(中略)
9/19 川越大佐の砲操典講話
    午前11時頃平林君来訪左件依頼
    1 阿南中将に
    2 飯村中将に 今田
    3 忠霊塔の件
<ばんない注>
・白柳氏:白柳秀湖 この当時は歴史研究家
・宮崎氏:宮崎正義 満鉄調査部からヘッドハンティングされた経済専門家。石原莞爾のブレーンの一人。
・大橋忠一:ハルピン総領事(当時)戦後は衆議院議員。
・中山優:建国大学教授(当時)莞爾等の三顧の礼を以て教授就任。その直後に莞爾に「満州事変って関東軍のヤラセなんでしょ」と言ったとかいう勇者。
・今川氏:不詳 恐らく後述の「今川」と同一人物かと
・鷲崎:不詳
・神田一:不詳
・佐藤清作:不詳
・今川:不詳。後述の菅沼青年の紹介者であるところから見て蒙彊連合自治政府の関係者?
・菅沼青年:「蒙彊の」と書いてあるところから見て蒙彊連合自治政府の関係者?
・午後4時発表:この日正式に石原莞爾に対して中将への進級と第16師団長付任命が決まった
・多田将軍:多田駿
・平林:平林盛人 石原莞爾とは士官学校同期であったが、この頃から親交が深まり、莞爾が亡くなるまで無二の親友だった。
・中村源彦:不詳
・牛島:牛島辰熊 今田の友人で、「最強の柔道家」木村政彦の師匠。
・杉浦:杉浦晴雄 石原莞爾の秘書。そのぶっ飛びぶりは拙ブログのこの辺りで。
・川越大佐:不詳
・阿南中将:阿南惟幾 石原莞爾が頭が上がらなかった数少ない軍人。
・飯村中将:飯村譲 日米戦争は必敗すると報告したが東条英機に無視されたらしい…戦時中の日本ってこんなのばっかり


昭和15年(1940年)
(中略)
2/9 今田より来信「東亜連盟」未見との事直ちに木村氏に要求
(後略)
<ばんない注>
・木村氏:木村武雄 衆議院議員、東亜連盟初代代表

昭和6年については満州事変ネタで散々取り上げたので略
その他についてちょっと気になること

やはり今田関連での注目記事は
昭和14年
9/2 平林、中村源彦、白柳、牛島、今田、杉浦等来る
   今田呼び出されたる理由驚く外なし
(中略)
9/4 今田、牛島と共に来り取調のことを聞く
の箇所だろう。
昭和14年といえば、日記でもちょっと感じてもらえると思うが、石原莞爾が関東軍参謀副長を投げるような形で日本に帰国、その後舞鶴鎮台長官へ左遷され、この頃やっと第16師団師団長に親補された頃である。ただし、この頃の莞爾の体調はかなり悪く、赴任前に東大医学部附属病院に入院しなくてはならない状態だった。…と言うことで、来客(見舞客)が多かったのだが…
今田新太郎はどこかに呼び出され、しかもその理由が莞爾をして「驚くほか無し」という内容の物だったらしい。この呼び出しが単なる呼び出しじゃなかったのは9/4の「取調」という単語で分かる。つまり、軍に呼び出しを食らって取り調べを受けるというとんでもない状態になっていたのである。
この頃の今田の経歴は
昭和13年(1938年)12月1日 台湾混成旅団参謀
昭和14年(1939年)4月20日 同旅団参謀長
莞爾の失脚の影響だろう、長年の中央勤務から離れて、台湾に飛ばされていた(ちなみにその後二度と中央に復帰することはなかった)。この時期に軍から取り調べを受ける理由を考えると、やはり莞爾関連しか考えられない。それは「浅原事件」である。
※「浅原事件」についてはこちらのHP(元憲兵大谷敬二郎の回想)に詳しい。
石原莞爾の関係で浅原健三とも親しかった今田だが、更に国策パルプの設立で水野成夫らとも親しかった今田。ところがこの水野は浅原をも遙かに凌駕する左翼運動家(ただしこの頃は一応転向済み)だった。庇護者の莞爾が失脚した今となっては、憲兵にどう料理されてもおかしくない状態だったのですな。
流石の莞爾もこれはまずいと思ったのか、
9/19 (中略)
    午前11時頃平林君来訪左件依頼
    1 阿南中将に
    2 飯村中将に 今田
(後略)
9/19、再び見舞いに来てくれた親友の平林盛人に陸大同窓の阿南惟幾と飯村譲宛の依頼をしている。特に、飯村の方には直後に「今田」の名前が特記されているところを見て、飯村に今田の擁護を依頼したことは確実であろう。

その後、今田は憲兵の毒牙を無事逃れた…かどうかは史料の調査不足ではっきりしないのだが_(。_゜)/、まあ予備役にされることだけは免れたのは確実です…後のこと知ってると、この時予備役になってた方が幸せだったような気もしなくもないが…。

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