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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
マスコミなどでは「江戸時代は日本と朝鮮は善隣友好の関係を結んでいた」というネタの基にされる(この「善隣友好」という言葉も、調べてみると文字通りにはとれないアヤシイものらしいが)
朝鮮通信使

だが、実際は江戸幕府と朝鮮王朝(李氏朝鮮)(+対馬藩)の思惑の上に成り立っていた物であり、江戸時代中期以降は両国の政権に与える意義も薄れてしまい、新井白石の朝鮮通信使接待リストラ論などもでて、江戸時代後期には形は残っていた物の江戸まで行かずに対馬でUターンするようになり、実質的には終了していたのが実体です。

それがここまで「過大評価」されるようになったのは、昭和50年代頃から在日の研究家である辛基秀氏が通信使を「日韓(日朝)の正しい交流の形・善隣友好の象徴」として「発掘」し、それをマスコミがヨイショしたり、仲尾宏(京都造形大名誉教授)なる学者が辛氏と共同で通信使の本を大々的に発行したりしたために、最初に書いたようなまちがった認識が固定化してしまったのだが…
ちなみに仲尾宏氏は現在「親朝派」の学者として予定通り活動中
こちら 「イラク戦争と日朝関係」に関する声明に共同発起人として名前を連ねてます。他には小田実やら和田春樹やら、「媚中、媚韓、北朝鮮擁護」のいつものメンバーがずらり。


ところが、ネットではご存じの方が多いと思うが
この朝鮮通信使、日本で鶏泥棒を働き、乱闘になっていたのである。
「enjoykorea」その1
「enjoykorea」その2

この絵、ネット上では『朝鮮人来聘記 付図』(京都大学文学部図書館蔵)として紹介されていることがおおいが、京大の図書館を必死になって検索しても見つからない_| ̄|○
それもそのはず、どうも名前が間違っているようで、正しい名前は『朝鮮聘礼使淀城着来図』らしい こちら。しかも所蔵は図書館ではなく博物館のようである。(複製を京大文学部博物館<現 京都大学総合博物館>で購入した方がいました こちら
もっと手っ取り早く見たい人は、

にこの絵が掲載されているらしい(上記「enjoykorea」より)。たぶんちょっとした図書館ならおいてあると思います。
この本の出版元の山川出版社は歴史教科書で定評のある、そして親朝鮮、親中国のスタンスを取っている出版社。著者の吉田光男氏は現代日本において近世近代朝鮮史学者としては一番の大御所らしい こちら
この出版社とこの著者をしてもこの絵は
『船着場から上陸して町の中をうろついていた朝鮮通信使一行が、町人が飼っているニワトリを盗んで逃げようとし、日本人とけんかになっている。』
という説明文がついています。
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1800305
とあります(爆)

ところが、この原画は一時期京大に預けられて行方不明となり、最近になって元の所有者の子孫に戻ったそうなのですが こちら、この時に京大教授の藤井穣治(ママ)氏は
日本の子どもと遊んだり、鶏を一緒に追いかける朝鮮人の姿が活き活きと描写され、日本の民衆と交流していた様子がわかる
…なんてコメントしていた模様。
朝鮮通信使鶏泥棒

これのどこが子供と一緒に遊んで鶏追っかけてるように見えるんだよ!ヽ(`Д´)ノ
まわりに日本人らしいちょんまげ結った男がばたばた倒れてますし、第一子供は前髪があってちょんまげじゃないっつうの。
…何に遠慮しているのか、脅されているのか。
藤井譲治教授…「九条の会」にも名前連ねてられるし、駄目教授決定かしら(^^;)

おまけ
『朝鮮人来聘記』というタイトルの史料は、広島藩作成の物など何種類かあるようだが、通信使江戸滞在中の物ならこちらで見ることが出来る。
…崩し字に悶絶しないように(^^;)
ちなみに今回のネタになった鶏泥棒の話は一切出てきません_(。_゜)/

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養鶏からみると
*江戸時代は採卵養鶏であって食肉のために飼っていなかった。
*江戸時代の養鶏は下級武士の仕事である。
*この絵の舞台である大阪は鶏卵の消費地で九州や出雲地方から出荷されたものだった。
http://www.yakitori.co.jp/knowledge/history/history/index2.html

以上のことから絵中の鶏は武士のものであり、従って鶏泥棒の現場だと解釈するのは無理があると思います。武士の持ち物なんですから。通信使への献上した鶏が逃げて大騒動の図ならわかりますが。
 ていうより、なんで大阪のメインストリートに鶏がいるのか不思議ですね。普通に考えると絵師がテキトーに妄想で描いたものでしょう。
face 2010/01/18(Mon)01:38:18 編集
無題
はじめまして、でしょうか。コメントありがとうございます。参考として貼られていたHPも興味深く拝見させていただきました。

江戸時代の養鶏は当然専門外ですので、このHPの情報をからめながら感想など申し上げますと、
face様のご意見では「江戸時代の養鶏は武士だけの副業」と言うことですが、このHPでは「江戸の隣接地、利根川沿岸が川の海運を利用して養鶏農家が拡大しました。」ともあり、地域によっては養鶏専業の農家が成り立っていたようにも読めます。
また、今回のネタの舞台は関西ですが、この地域は前掲HP「江戸時代の養鶏地帯」では特に養鶏で有名な場所には当たらないようです。が、大規模に養鶏をしてなかっただけで、農家で自家用として飼っていた可能性はあるでしょう。
最後に、肝心の絵図を見る限りでは朝鮮の民族衣装を着た人物とちょんまげを結った人物がとっくみあいをしている様子や棒状の物を以て加勢しているちょんまげの人物もうかがえ、「通信使へ献上した鶏が逃げて,大騒動」というようには見えませんが。

ところで、最後の方で間違った指摘をされているように読めましたが、これはわざとそうされたのでしょうか?
ばんない 2010/01/20(Wed)12:36:16 編集
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