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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
本日、大阪府は池田市にある「逸翁美術館」と言うところに「千家のお茶と職家のお道具」という展覧会を見に行って参りました。

というか、本当の狙いは
1/25のみ限定で¥500でお茶会に参加できる!
…だったのですが、道がわかりにくくて迷っている間に受付時間の15:00を5分遅刻してしまい、OUTでした_| ̄|○
ちなみにこの¥500は「入館料とお茶代両方」のようです。通常は入館料だけで¥700なので、お茶が無くてもちょっとお得なことには代わりなし。来年はがんばりますf(^_^;)

さて、この展覧会に興味深い史料が展示されていた。
千利休直筆の前田利家宛手紙が表装されて掛け軸となり、最後は小林一三が買って逸翁美術館所蔵となった物のようで、千利休関係のため今回の展覧会に展示された物と思われる。
手紙の内容は
「尊礼并初鴈配領忝候
仍候下向いつにて御ざ候哉 一
服可申上候 明日朝義久もよひ申候
午刻に御出候て可被下候哉
五日朝も日向殿を約束申候
午刻ハ子細さまへ一服申候
御返事
待申候           かしく

<ウハ書>
(封)
羽筑様 尊報
休子 宗易」

簡単に現代語訳すると
「お礼と初鴨をプレゼントしてくれてありがとうございます
ところで(金沢への)下向はいつなのでしょうか
一服お茶でも差し上げようかと思っておりますので、明日の
朝は義久も呼ぶ予定になってます
午後にはおいで下さるのでしょうか
五日の朝にも日向殿に(お茶を差し上げる)約束になってま

午後は(子細さまへ→適当な訳文が思いつかず、放置(^^;) 一服いたしましょう
お返事
お待ちしております        かしこ

羽柴筑前守様(=前田利家)
休子 宗易(=千利休)」

説明文によると
・「羽筑様」とは天正13年に豊臣秀吉より「羽柴」名字と「筑前守」を引き継いだ前田利家のこと
文中に出てくる「義久」とは島津義久のことではないかと推定されている
・文体からこの手紙は天正15年〜16年の物と思われる
とのこと。

実はこの時代にはもう1人有名な「義久」という戦国武将がいる。佐竹義久(東義久)がそうだが検索結果こちら、豊臣政権に関わりを持つのは天正18年の小田原攻め以降と思われ、この手紙とは時期が合わない。ので、やはり島津義久という可能性が高いであろう。

この当時の千利休は「外のことは(豊臣)秀長に、内のことは千利休に」と呼ばれ、一介の商人・茶人とは思えぬ権力を謳歌していたわけだが、この手紙からも前田利家、島津義久とつきあいを広げており、その様子がうかがえる。また、義久は豊臣秀長とは不仲だったようなのだが、利休とは親しくしていた様子がうかがえる。

にしても、秀吉に降伏したとはいえ、大名身分の島津義久を呼び捨てというのが、やや奇妙ではある。

それと…「日向殿」って誰なんでしょ_(。_゜)/ 織田信長の時代なら明智光秀なのだが

<2007/1/29 追記>
こちらにて当記事に関する興味深い論議が行われていますので、ここに引用いたします。引用元は記事数が所定の件数を超えると管理人以外はログの確認が出来ないためです。
当然ですが、当記事に関係ない内容(雑談など)は当方の判断で削除しております。

引用の法律的根拠はこちらこちら など

なお、引用元においては順番は逆時系列順になっていますが、これでは流れが読みにくい為、こちらでは時系列順に並べ替えています。

この引用についてのご意見は、当記事内のコメントにてお願いします。メールや電話、その他私の関係HP内の他の連絡手段での質問などには一切応じかねます。

[5923] ついでに 投稿者:青山直隆 [水藩] 投稿日:2007/01/26(Fri) 21:07
臆病者なのでここに愚痴ります(笑)

尊礼并初鴈配領忝候
仍候下向いつにて御ざ候哉 一
服可申上候 明日朝義久もよひ申候
午刻に御出候て可被下候哉
五日朝も日向殿を約束申候
午刻ハ子細さまへ一服申候
御返事
待申候           かしく

<ウハ書>
(封)
羽筑様 尊報
休子 宗易

活字は何に拠ったものですかな。図録?
「配領」は「拝領」の打ち間違えとしても、最初の「尊礼」は「尊札」なんではないか?もし活字版も「尊礼」になってたら活字にした奴っを疑うぞ。
お手紙と初雁を拝領したんだと思うんだが・・・。
「仍候下向いつにて御ざ候哉」はなんて読むんじゃ。
2文字目の候は「よってそうろう」?
「仍御下向いつにて御ざ候哉」の誤りか?
下向するのは羽筑様だろうから御下向じゃないのかなぁ。
義久は「ぎきゅう」とかいう坊主かなんかじゃねえの?(笑)←根拠はないが

猶、もし義久が島津義久で年代推定が天正15〜16なら天正15年6月〜天正16年9月のものになる。

[5925] 直隆が微妙に怖い件について 投稿者:四条鳥丸 [月] 投稿日:2007/01/26(Fri) 23:01
久しぶりですね、漢字の羅列引っ張り出してくるの。
生き物業務減らしてご機嫌なのか難しい話をよく書かれますこと(俺、話についてけてないです)
>春秋左史伝(この本は例の『島津国史』の編者山本正誼が好んでいたことでも有名)を平然と引っ張ってくるあたりはさすがだが、
有名じゃないからそれ。読み方も分からないし(苦笑)
お前の「有名」の基準は絶対おかしいぞ。
>もうちょい冷静に落ち着いて行動できんのか(爆)
お前にだけは言われたくないんじゃないの?ハクセキさんも
>千利休の手紙
「義久」の島津説も佐竹説もぶった切られてますが・・・
しかも現物も見てないくせに字が違ってる疑惑持ってるみたいですが・・・(苦笑)
(略)

[5926] 扱き下ろしキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!! 投稿者:ゆら [月] 投稿日:2007/01/26(Fri) 23:25
>最初の「尊礼」は「尊札」なんではないか?もし活字版も「尊礼」になってたら活字にした奴っを疑うぞ。
猛毒発言キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
たしかに辞書には【尊札】はあるけど、【尊礼】はないね
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E5%B0%8A%E6%9C%AD&enc=UTF-8&stype=0&dtype=0&dname=0na
・・・見破れるあんたが怖いヨ、何で見破ったの?
>「仍候下向いつにて御ざ候哉」はなんて読むんじゃ。
>2文字目の候は「よってそうろう」?
怖いのでそれ以上脅迫しないで下さい(ーー;)
>「仍御下向いつにて御ざ候哉」の誤りか?
>下向するのは羽筑様だろうから御下向じゃないのかなぁ。
「候」と「御」って字似てるの?
にんべんとぎょうにんべんがちょっと似てる?くらいしか似てないよ?
>義久は「ぎきゅう」とかいう坊主かなんかじゃねえの?(笑)←根拠はないが
けちょんけちょんに扱き下ろしてますわよ(^^;)
ホントにそれ「義久」って字なのかよ?ってバカにした顔して「舜の功二十が一に居れり」って気分でカキコしてるわこりゃ・・・

[5929] セキジャニムゲンダイ 投稿者:あすか [山陽道] 投稿日:2007/01/27(Sat) 10:56
天下の最高学府のやんごとない御方がそんなはずないじゃないですかヾ(^ー^;)
・・・やったー、うちの子の方が物知りだ!! ←心の叫び
>問題発言
http://www.itsuo-museum.com/newpage15.htm
ネットに写真版はないね
あてにならないデータだけど、千利休と前田利家とは仲良しだったみたい
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E5%88%A9%E4%BC%91

千利休のお手紙シリーズ
http://www.iwakuni-art-museum.org/exhibit.php?id=20031225172515
http://kokuhou-club.com/premium-selection/000008.html
http://www.miho.or.jp/booth/html/imgbig/00005309.htm
・・・達筆すぎて読めないわ(TーT)

日付もないなんてずいぶんくだけたお手紙ですね
初雁なんてプレゼントされてるんなら季節は秋ごろ?

[5930] なぜ県和歌山商が・・・ 投稿者:松山 [南海道] 投稿日:2007/01/27(Sat) 11:48
ダジルイエンの呪いでしたか、納得です!(^^;)

なにやら珍しく・・・いえいえ、面白そうな話題で盛り上がっているようですが
義久は私も島津でも佐竹でもないかと思います。
羽筑様・日向殿ときて義久はないでしょう。
いくら秀吉に降ったとしても無礼です。
「仍候下向いつにて御ざ候哉 一服可申上候 明日朝義久もよひ申候午刻に御出候て可被下候哉」を「(羽筑様の金沢への)御下向(私も候ではなく御ではないかと思います。崩し字はけっこう似ていますよ候と御は)はいつでしょうか、一服お茶でも差し上げようかと思っております、明日の朝に義久を呼びますので、午刻(午前11〜午後1時頃)に(羽筑様が)おいでになって一服されるのはいいでしょうか」とすれば、千利休の弟子か何かにも思えます。「義久」は「御呼び」しないで「よひ申」すんですよね。それも利家のために。なので「義久」は利家ともある程度親しい人物ではないでしょうか。
ここで大名が出てくるのは不自然ですよ。
皆様方も大好きな細川忠興あたりならありえるかもしれませんが、島津ほどの大大名(それも義久)なんて呼んでしまったら、緊張しすぎてお茶も楽しめませんよ(笑)

以上、ざれごとでした。
ではでは。

[5931] シュポポポ(シュポポポ)恋の列車は♪ 投稿者:右大弁宰相 [江戸] 投稿日:2007/01/27(Sat) 12:41
おそらくこの歌を知っている人は皆無だろう・・・
基本的なことなんですが、「かしく(かしこ)」って女性言葉じゃないの?

「候」と「御」はともに「η」のような崩し字。
似ているけど、いくら何でも「仍候」と「仍御下向」は間違えないだろう・・。
「羽筑様」は秀吉として、「日向殿」っで誰?タイガーショットの人?あと「子細さま」ってのもだーれ。大ピピン小ピピンの様なもので、細川の子?(笑)
義久は普通に考えて身内じゃないの?

そもそももとネタ何?

まあ、素人のいうことは気にしないでくだされ。。。

[5932] もとネタ 投稿者:松山 [南海道] 投稿日:2007/01/27(Sat) 13:44
http://boyakkies.blog12.fc2.com/blog-entry-427.html
おそらくこちらかと…。

>大ピピン小ピピンの様なもので、細川の子?(笑)
「羽筑様」は秀吉、「日向殿」は光秀、「子細さま」が小ピピンの様な細川の子で忠興だったらどうしよう(^^;)

>似ているけど、いくら何でも「仍候」と「仍御下向」は間違えないだろう・・。
候と御を間違えたのは昔の私(涙)
歴史をやていたわけではないんですが、農村文書みたいなものに出会いまして…(以下略)

[5933] 羽筑様は前田利家か・・ 投稿者:右大弁宰相 [江戸] 投稿日:2007/01/27(Sat) 20:34
織豊期は難しい・・。
しかもネットが元ネタか。

これは当時の事例を集めるしかないね。
ただ可能性があるのは、公家権門の記録だと
五位は呼び捨てなので、「義久」=島津義久の可能性がないこともないが(そもそも島津義久は当時何位だ・・。)、
「羽筑様」「日向殿」ときていきなり杓子定規な公家様というのも考えにくい。。

まあ、豊臣政権外の地方大名は官職は低いはずだから、
畿内の後北条関連で「氏政」「氏直」等書かれた書状があれば、
義久=島津義久説もあり得る。
何事も実証だよワトソン君(笑)

[5935] てきとーな事書いたらでかい問題になってるし 投稿者:青山直隆 [水藩] 投稿日:2007/01/28(Sun) 01:27
この時期のこの手のものをいくつか見ればよくある言い回しである「尊札」を「尊礼」とするとは、一体誰が活字化したんだろうと、それだけでさらっと書いただけのもの(それだけでネタにするなって?)が大変なことになっている(苦笑)
字が礼に見えても前後関係と慣れで迷わず札にするだろに・・・
たとえば
http://www.ne.jp/asahi/yanai/roots/shiryo/23.txt
この2つの書状は2つとも「尊札披見畏入奉存候」とある。
http://www2.oiuw.oiu.ac.jp/6/kan20/kan18.txt
ここのP077にも「尊札拝見仕候」とある。
千利休の書状は変な変体仮名使ったりして芸術的なので解読するのは難しいとは思うが、こんなよくある言い回しを尊礼とはちょっとないんじゃないって苦笑したの。
義久の問題はその次じゃ、そもそもその活字は信じていいのか、それが先じゃ(笑)

図書館に行っている暇はないので家にあるもので確認したところ『古文書時代鑑』の中に千利休の羽筑様宛の書状があった。羽筑様は前田利家としてあり、内容から天正14年の書状としている。
原寸は縦14.8センチ、横35センチ。もとはちょい小さ目の折紙か。
原本の区切り方で記すと次のようになる。

此方御用事
候ハゝ可承候、
一笑々々、かしく、
當月二日御札拝見、
一大佛御屋しき、なわうち
わたり申候間、大かたの
事、弾正殿へ、たい所
御馬屋うちと申ながら、
かつてを御談合可申旨を
入魂仕候、数奇屋の事ハ、
我等才覚可申候、一笑々々、恐惶
謹言、
菊月十八日  宗易(花押)
−−      利休  ←「−−」としたのは封
羽筑州様 尊報      易  

かしくが用いられている所や羽筑で様付けで尊報である所は昨日話題にしたものに同じ。
「わ」は「王」の崩し字の「わ」使ってるなぁ・・・(しかも2箇所とも)
汚っねー字だなっても思えるが、教養高いことで有名な某細川さんの筆跡と似ている気もするからこれが道を究めた人間の字なのかな。
「かしく」はここでも出ているので本題の書状で利休が使っててもとりあえずええんやないの?(いい加減)
弾正殿は浅野長政のことで、浅野長政は殿付けで呼ばれていることがわかりますな。本題の日向殿も浅野レベルの人物か?
ちなみに時代鑑の書状に「御札」とあるが「礼」によく似た字が使われている。

本題のほうの書状は、
お手紙と初雁もらって、そのお手紙に下向するって話題があって利休がいつ下向するのか聞いてて、、、
一服の日はいつがいいでしょう(下向する前に茶するのはよくあること)、となって、
利休は明日は朝に義久を呼んでいるので午刻はどうでしょう、と。
5日の朝は日向様との約束があって、午刻は子細様と一服の予定があると(多忙なんだね千利休・・・)、
だから利休としては明日の午刻がいいけど利家のほうの都合はどうよお返事待っていますって、、、今でも、会う約束の日決めるのをこんな風にメールでやりとりするでしょ、それと同じですがな的な私信と思われる。

「義久」と「日向殿」と「子細さま」と「羽筑様」はいずれも利休のお客で親しい人だろう。。。
前田利家以外は確定できんのだが。
私的なものだから客の身分に差があっても不思議はないが、これ島津義久だったらやばいで。怖いで(←島津義久が)。
呼び捨てにされて軽んじられているってことがじゃなくて、千利休と義久に私的な交流、もしかしたら師弟関係があるんじゃないかって疑惑が浮上しちゃうから。
義弘は利休とつきあいあったらしいからそんな驚かないが、義久が?
細川幽斎から古今伝授されてるくらいだからこういう文化は好きそうだがなぁ。朝鮮渡海を拒否ったり家康に接近したり明とつるんでみたり怪しい行動ばかりしているのは有名だが利休にまで接近してたのかよこの御老人は(苦笑)。

島津義久は当時従四位下じゃ(天正9〜)。
『兼見卿記』には「嶋津入道龍伯」・「嶋津」なんて出てくる(天正18年)
『時慶記』には「嶋津義久」・「義久」・「嶋津」と書かれていますな(天正15年)
義久と呼び捨てで日記に書いてた公家ならおったことは確実じゃ。

[5936] お祭り来た・・・ 投稿者:四条鳥丸 [月] 投稿日:2007/01/28(Sun) 02:02
(略)
>義久は「ぎきゅう」とかいう坊主かなんかじゃねえの?(笑)←根拠はないが
もしかして何も考えないで冗談ぶっ放した?
>図書館に行っている暇はないので家にあるもので確認したところ
お前ん家ってなに・・・(苦笑)
>『時慶記』には「嶋津義久」・「義久」・「嶋津」と書かれていますな(天正15年)
普通に義久じゃんかよ。
ただその『時慶記』書いた(と調べてたらわかった)西洞院時慶は従二位・参議だそうだ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%9D%BE%E5%AE%B6
よくわからないけど、義久が従四位?ならその2ランク上??
千利休は何位?

[5937] てきとーなんですか(^^;) 投稿者:松山 [南海道] 投稿日:2007/01/28(Sun) 12:38
(略)

私の下のほうの書き込みを流したいので流しました…
恥ずかしいので早く流れてくれないかな(^^;)
なるほど、お茶の約束の日を決めるお手紙だったのですね。
なので一般的な書状よりもくだけた感じで書かれているのですか、納得。
>ただその『時慶記』書いた(と調べてたらわかった)西洞院時慶は従二位・参議だそうだ
>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%9D%BE%E5%AE%B6
>よくわからないけど、義久が従四位?ならその2ランク上??
>千利休は何位?
従4位の上は正4位、その上が従3位(イエヒサ公やシゲヒデ公はここまで行かれた)、その上が正3位、その上が従2位です。
2ランクどころではないです。
それと、4位と3位の差は大きいものになっています。
なのでイエヒサ公は3位になって鼻高々だったのですよ。
この従2位の西洞院時慶よりさらなる上のランク付けなのが、皆様よく御存知の近衛前久公ですね(笑)
千利休は官位はなかったと思いますが…

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逸翁美術館逸翁美術館(いつおうびじゅつかん)は、大阪府池田市にある美術館。実業家小林一三の旧邸「雅俗山荘」を展示場として1957年に開館した。館名の「逸翁」は小林一三の雅号である。収蔵品の基礎は小林一三の5000点に及ぶ個人コレクションで、重要文化財|国重要文化
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