拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
「日新菩薩記」”政道仁慈之事”より。
あまり直接政道とかと関係なさそうなんだが、ようは「お侍さんの身だしなみについてもうるさいよ!」というお話。
月代の手入れをさぼる奴+歯磨きしない奴(これは私も嫌だ)+その後お歯黒忘れる奴は、日新斎おじーちゃん的には最低の侍だったようです。…つまり、島津四兄弟も笑えばお歯黒…戦国時代ファンの夢を壊してごめんね
敷居を踏む奴は駄目というのは今でもいわれますね…去年の大河に出てきたおじーちゃんの末裔に言ってやって下さいヾ(^^;)。あとおしゃべりが好きな奴も駄目みたいだ…私は駄目だぁ_| ̄|○
後半は18~9歳ぐらいの若い侍のことについてのようなんですが、どうも早々と月代を剃ってしまう若侍はおじーちゃん的にはダウトだったようです。「山寺の栖居」…「お前らも俺の若いときのように山寺で修行しろ」と言うことなんかな。でもこのように注意していると言うことは、嫌がる若侍が多かったんでしょうねぇ。昔の人も『ファンシイダンス 』の世界はいやだったって事かヾ(^^;)しかし、直接若侍をしかるんじゃなくて、その親をしかりつけるとは、おじーちゃんなかなか悪じゃのうヾ(--;)
諸侍に於て御制禁の事、額上を荒蕪し、口内を濺がず、牙歯を黒めず、爪上を研かず、座中の起居閾(しきい)を履み(ふみ)、御門の出入謹まず、戯笑言語し、威儀胆如たらざる侍、出仕停止ある事。節々殊更に歳十八九、弱冠の人々、額を広め、鬢髪を取り、山寺の栖居を嫌疑する輩に於いては、御折檻其の父に帰して、甚しきを以て、其の父も又親子の機縁を放捨する故に、寺社の住居朞月(きつき)にして鬢毛を起て額を直し、本の如く、粧成りしてより、御赦免出仕ありつ。
あまり直接政道とかと関係なさそうなんだが、ようは「お侍さんの身だしなみについてもうるさいよ!」というお話。
月代の手入れをさぼる奴+歯磨きしない奴(これは私も嫌だ)+その後お歯黒忘れる奴は、日新斎おじーちゃん的には最低の侍だったようです。…つまり、島津四兄弟も笑えばお歯黒…戦国時代ファンの夢を壊してごめんね
敷居を踏む奴は駄目というのは今でもいわれますね…去年の大河に出てきたおじーちゃんの末裔に言ってやって下さいヾ(^^;)。あとおしゃべりが好きな奴も駄目みたいだ…私は駄目だぁ_| ̄|○
後半は18~9歳ぐらいの若い侍のことについてのようなんですが、どうも早々と月代を剃ってしまう若侍はおじーちゃん的にはダウトだったようです。「山寺の栖居」…「お前らも俺の若いときのように山寺で修行しろ」と言うことなんかな。でもこのように注意していると言うことは、嫌がる若侍が多かったんでしょうねぇ。昔の人も『ファンシイダンス 』の世界はいやだったって事かヾ(^^;)しかし、直接若侍をしかるんじゃなくて、その親をしかりつけるとは、おじーちゃんなかなか悪じゃのうヾ(--;)
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