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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
島津義久「いろは歌」21首~30首目「な~」です

方のむくの世界にゆかんとて
ねかふつとめは<亻當>もくるしや
ん拍子ふミそんしたるさるかくの
はちハ一期のあま夜とそなる
かしよりつたハりきたる道/\を
絶すつゝけよすゑの夜の人
のみち乱舞茶の湯もたゆむなよ
かたらふ人のあいさつのため
をはほる日ハありとてもふさくひは
あらしものをと人そかたれる
む酒の正躰なきもせうし哉
あまりのまぬも人のかけみち
く山の柴のいほりとおもへとも
月よ花よは捨ぬはかなさ
持は四書や五経を学ふへし
その餘の事は第二第三
半まて学文してもおこたらす
起いてまほししのゝめの空

もうちょっとおじいちゃんを見習って教訓を入れた方がいいのかとでも思ったのか、説教めいた内容の和歌が増えて参りました(^^;)
その中で注目なのは、こちらで既に指摘されていますが「茶の湯」の扱い。忠良おじいちゃんは都で流行る茶の湯がどうも大嫌いだったようで
魔のしょゐか天けんおかみ法華教一向宗にすきの小座敷
と、その当時一揆で猛威をふるった法華宗や一向宗、そして南蛮渡来のキリスト教と同じ類の魔物の所業として茶の湯を非難しています。
しかし、義久がこの和歌を書いた慶長7年の頃になると、茶の湯は大名同士のつきあいの手段として必須の教養になっていました。…で、「茶の湯もたゆむなよ かたらふ人のあいさつのため」と、和歌や能楽と共に学んでおいた方がいいよ、となったわけです(^^;)まあそれが「話題造りの挨拶の為」と書いてあるのがご愛敬というか。

ちなみに現存史料で見る限り、義久は余り茶の湯には興味なかったみたいですねえ(参考「島津義久筆「在轡集」」『尚古集成館紀要 1』松尾千歳)。

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