前回からかなり間隔が空いてしまい、大変失礼しました<(_ _)> 。
8首目は慶長14年に突入。
どうもこの頃に義久は家久(=島津忠恒)を訪ねて国分城から鹿児島城にやってきたようです。その時に開かれたらしい歌会での一首。
寄神祇祝
わか君の行ゑハ千年万代といのる心や住吉の神
龍伯
右の歌ハ慶長十四年八月吉日、龍伯様鹿児島へ御光儀之刻、御会尺として御歌会於殿中有之也
(「薩藩旧記雑録」4-622)
「わか君」とは島津家久(忠恒)を指しているのでしょうか。なかなか意味深な歌ではあります。
家久始め、この歌会に列席した家臣達の和歌は次項にて。
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