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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
この4月からはじまったNHK朝の連ドラ『花子とアン』の視聴率があの『ごちそうさま』や『あまちゃん』も凌駕する勢いらしい。
<花子とアン>視聴率24.6%で番組最高を更新 3週連続で「ごちそうさん」超え
まんたんウェブ 4月21日(月)10時12分配信

 女優の吉高由里子さんが主演を務めるNHKの連続テレビ小説(朝ドラ)「花子とアン」の18日の平均視聴率が24.6%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)を記録し、番組の最高視聴率を更新したことが21日、分かった。また第3週「初恋パルピテーション!」(14~19日放送)の期間平均視聴率は22.0%(関東地区、ビデオリサーチ調べから算出)を記録したことも同日、分かった。高視聴率を記録した「ごちそうさん」を3週連続で超えた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140421-00000001-mantan-ent
さて、この"花子"が『赤毛のアン』を最初に日本語訳した村岡花子(1893年~1963年)と言う実在の人物であるのはもう常識だと思うのだが、この花子の友人として出てくる華族令嬢”葉山蓮子”も実在の人物がモデルらしい。その元ネタとは村岡花子より多分有名な(失礼)歌人・柳原白蓮である。

さて、この柳原白蓮に大昔すこ~しだけ興味があってちょっとだけ調べたことがある。一見恵まれた環境に育った…様に見えて、実は複雑な環境に成長したため、その結果2回目の結婚途中での不倫駆け落ちや戦後に社会運動に足を突っ込むことになっていったように思われる。

が、『花子とアン』の放送をきっかけに久しぶりにwikipedia「柳原白蓮」を見てみると、晩年のある重要な出来事がない!さっくり削除されている(○。○)
その出来事とは
「正田美智子(現美智子皇后陛下)と皇太子殿下(今の天皇陛下)との間に縁談が持ち上がったとき、松平信子(鍋島直大侯爵の娘で外交官・松平恒雄(会津松平家出身)の妻、秩父宮妃勢津子の母)と共闘してこの縁談をぶっつぶそうとした!」
…ことである。⊂(。Д。⊂⌒`つ
このとき、胡散臭い右翼団体による街宣とかまで使って嫌がらせをしたらしい…右翼を使うのを提案したのが松平信子だったのか柳原白蓮だったのか、はたまた別人だったかまでは調べてないので不明だが、柳原白蓮の最後の夫・宮崎龍介の父だった宮崎滔天は頭山満(今田新太郎の父の同志であった)らとならぶ戦前の大アジア運動の大物の1人であった。大アジア運動にかかわった人は戦後「右翼」と呼ばれた人が多く、なので白蓮つながりで右翼まで巻き込んだ「美智子妃反対運動」が盛り上がった可能性は否定できない。
この出来事はwikipedia「柳原白蓮」からは消されてしまったが、「松平信子」項にはしっかり明記されており、しかも証言もあることがはっきりしている。その証言者というのが、よりによって白蓮の甥で昭和天皇の侍従だった入江相政(『入江相政日記』にでてくるそうだ)。事実と見て間違いないだろう。

ところで戦後の白蓮だが、長男を戦死させたこともあって反戦女性団体のリーダーともなり、ある種左翼のリーダーとも見られていた。そんな彼女のこの行動が周囲にいた人を呆れさせたのは事実で、戦前から白蓮と親しかった白州正子はその1人である。
「華族制に痛めつけられたかわいそうな女性」というのが多分一般的な柳原白蓮の評価だと思うのだが、まあ、実際はそうでも無くって「私は華族様よ!!!」…という誇りの方が強かった女性だったんでしょうな>白蓮 まあイメージ崩れるけどヾ(^^;)いいじゃないだってにんげんだもの(byみつを)

だが
「イメージ崩れる」のがひじょ~に都合の悪い方がいらっしゃるようで、その方がwikipediaの当該の既述をせっせと削除されているようです。
削除した版
削除したIPの検索結果は
IPアドレス 218.227.105.7
ホスト名 FLH1Agb007.fko.mesh.ad.jp
IPアドレス割当国 日本 ( jp )
市外局番 該当なし
接続回線 光
都道府県 福岡県
http://www.iphiroba.jp/ip.php
福岡県は柳原白蓮の2回目の婚家先で、記念館もあるようですが、まさか、ねえ(^^;)
この版でも当該の既述を削除しているが、やはりIP(122.131.89.225)は福岡県の光フレッツ。

<今回の教訓>
歴史の真実を正視する心構えは大事だぞ
自分の思ったイメージだけを世間に広めようとするのは単なるファンタジーだぞ

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『婦人画報』2014/11
自己レスです。

表題の雑誌が本屋で発売中だったので立ち読みしてきました。『花子とアン』も大人気の内に終了し、『婦人画報』もそれに便乗したという所でしょうか。
公式HPはこちら http://www.hearst.co.jp/brands/fujingaho
柳原白蓮特集はこう予告されています。
「婦人画報が見つめ続けた「柳原白蓮」
大正4年、柳原白蓮は、福岡の邸宅に暮らし、詠んだ和歌を処女歌集『踏絵』にまとめました。竹久夢二が挿絵・装丁を手掛けた緑色の表紙の豪華本は評判を重ね、当時の『婦人画報』も6月号ではじめて歌人・白蓮をとりあげます。そして、この号をきっかけにその後20年以上も白蓮をさまざまな形で取材するのです。朝の連続ドラマで話題の人、柳原白蓮を当時の『婦人画報』はどんな目線でとらえ、世の中に発信していたのでしょうか。アーカイブスから読み解く意外な白蓮の姿をご紹介します。」
柳原白蓮の娘・宮崎蕗苳(みやざきふき)氏もインタビューで出演。御年89歳だそうです。

内容ですが、やはりというか「前半の不幸な半生への同情と後半生への絶賛」という内容で、晩年の「美智子妃反対運動」なんて影も形も触れられてませんでした。蕗苳氏の回想もどちらかというと母親への絶賛的な内容でした。

なお、白蓮は当初ペンネームが安定していなかったのですが、伊藤伝右衛門と目出度く(苦笑)離婚した後は「柳原白蓮」で統一しているようです。あれほど嫌っていたはずの実家の名字をペンネームに使っていたと言うことは、柳原という華族の家柄自体を嫌っていたのではなくむしろ誇りに思っていた形跡が伺えます。
ばんない 2014/10/24(Fri)10:56:47 編集
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