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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
宮尾登美子の天璋院篤姫等をちら見して、前から疑問に思っていたのだが
「徳川慶喜を将軍にするために政略結婚させられた島津篤姫は、何で慶喜のことを嫌っていたのか?」


大奥みたいな閉鎖空間でオルグ感化されちゃったのかしらんヾ(^^;)などと考えていたら、偶然に良い解説をしているブログを発見。目から鱗が落ちました。
実態は結構複雑だったんですねえ…。
慶喜と篤姫前編
慶喜と篤姫後編

慶喜がプライド高いんやろうなーというのは知ってましたけどね。なんせまれにみる血統の良さですし。でも島津氏もプライドの高さだけは絶壁の一族ですからねえ(^^;)何しろあの豊臣秀吉に「どこの馬の骨」なんて手紙送ったのは島津ぐらいだろう…参考こちら

本題とは余り関係のなさそうな慶喜のトリビア
慶喜の兄・徳川慶篤は父・水戸斉昭と母・登美宮吉子の結婚後6ヶ月で生まれている(○。○)

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光栄です。
TBありがとうございました。
この連作は、鳥羽伏見の慶喜公がえらかったとおっしゃる方に反論しようと、つい、力がこもって長々となってしまい、読んでくださる方がいるのかと、心配していた記事でした。またご贔屓のほどを。
朝鮮総連、よほど取り上げようかと思ったのですが、すっかり歴史ブログになってしまいまして、なんとなく取り上げ辛かったのですが、ほんとうに、なにをいまさら、と、同感です。
郎女 URL 2006/02/03(Fri)07:12:19 編集
トラバとコメントありがとうございます
こちらこそトラバとコメントありがとうございました。こちらはボヤキ専用ブログなので余りろくな事を書いていません(^^;)しかも放置が多い…。ご感想ありがとうございました<(_ _)>
ばんない 2006/02/04(Sat)12:59:27 編集
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慶喜公と天璋院vol1
宮尾登美子氏が、『天璋院篤姫』という歴史小説を書いておられます。本来、大奥については資料といえるほどの資料がありませんし、フィクションが多くなってくるのは当然なのですが、ここに描かれた天璋院篤姫像には、リアリティがあります。分家から本家に引き取られ、薩摩
URL 2006/02/03(Fri)06:35:29
慶喜公と天璋院vol2
さて、将軍後見職を押しつけられた一橋慶喜公から、お話をはじめます。才気にあふれているだけに、自分の置かれた立場は十分に見えていて、うんざりしたでしょう。幕府からありがたがられるわけではありませんし、一橋家の当主である以上、幕府に敵対するわけにもいきません
URL 2006/02/03(Fri)06:39:19
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