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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
垂水島津家の墓地取得へ/垂水市  市、歴史教育や観光に活用 (01/26 07:05)

垂水市田神の垂水島津家の墓地が、同市に寄付されることになった。垂水島津家は、大河ドラマの主人公篤姫と浅からぬ縁があり、市は「郷土の歴史を知ってもらうと同時に、市外の人への認知度を高められるよう篤姫と関連づけて観光にも役立てたい」と整備に力を入れる方針だ。
同家の関係者から「墓地を歴史教育の教材や観光スポットとして活用してほしい」と、市に寄付の申し入れがあった。昨年以降、協議や書類のやり取りが進み、 近く手続きが完了する予定。市によると、垂水、重富、加治木、今和泉の島津家一門のうち、墓所が行政財産となるのは垂水が初めてという。
敷地約1750平方メートルの中に、同家の歴代当主とその妻の墓がある。このうち14代貴敦(たかあつ)に島津一族内で有力な将軍正室候補だった女性(後の八百姫)が嫁いだため、ほかの複数の候補から最終的に篤姫に白羽の矢が立った経緯がある。
これまで見学者への案内や清掃など墓地の管理は、垂水島津家の関係者から依頼を受けた男性が行ってきた。行政が直接管理するようになることで、郷土史家の間でも「篤姫との関係も含め、垂水島津家を内外に知ってもらうため積極的にPRしてもらえれば」と期待が高まっている。
市も新たな観光資源として活用していく方針で、裏手の山野から墓地の一部に流入した土砂の除去など、本格的な整備に乗り出す。
http://www.373news.com/modules/pickup/topic.php?topicid=129&storyid=8859

垂水島津家は16代当主・島津義久に縁の家柄でありながら、18代当主・島津家久(忠恒)に圧力をかけられ、結果血統断絶にいたり、その後家久の血統に乗っ取られたという悲劇の家系。その後は学術に気をはく当主を輩出、明治に男爵になり華族となるも、昭和に再び嗣子夭折、跡継ぎの養女も結婚せず死去するという悲劇が襲い、現在事実上断絶している家です(T-T)
記事中に出てくる「垂水島津家の縁者」というのは、ご養女の実家に当たるところと思われます(参考『垂水市史』)。但し、鹿児島地元の方ではなく、なんと兵庫県西宮市の方とのことで、さすがに世話も無理になってきたのでしょう。何しろ墓の数だけでもものすごいですし。

ところで。
記事中に「篤姫」というのが何回も出てくるが無理に大河ネタに絡めすぎ
観光振興したい気持ちは分かるけど、どう見ても篤姫に直接関係ないし。

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