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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
先日9/18は、近頃拙ブログのメーンネタである今田新太郎が深く関わった柳条湖事件の勃発日であり、日本のマスコミでも「何かあるのでは」と大騒ぎしていたのだが、中共政府の統制が効いていたのか何もなかったでござる。
ついでに、拙ブログに「○○.×××.cn」なんてIPアドレスから得体の知れないアクセスが集中するとかいう事態を期待恐れてしていたりしたのだが、そういうこともなかった

つまらん!実につまらん!ヾ(^^;)


前回の記事で紹介した『秘録・東条英機暗殺計画』(旧題『わが東条英機暗殺計画 』)。
ここにちょっと引っかかる話が書いてあった。
小畑敏四郎中将は今田新太郎の推奨してやまなかった人物であったから
p.107
小畑敏四郎とは、いわゆる陸軍幼年学校→陸軍士官学校→陸軍大学校たたき上げエリート集団の走りの一人で、大正時代まだ陸軍で威を張っていた長州閥撃退を永田鉄山、岡村寧次と共にドイツの保養地であるバーデン・バーデンで誓ったという一人です。
-その後、長州閥追放まではうまくいった物の、その後の陸軍の方向を巡って永田鉄山と猛対立してしまい、結局終戦まで続く陸軍の派閥対立の元凶を作ってしまった人でもあるのですが…

ここで気になるのが小畑の立ち位置。
小畑敏四郎は荒木貞夫、真崎甚三郎等に近く、いわゆる「皇道派」の幹部だったのですが、
今田はと言うと、その皇道派の将校達に蛇蝎の如く嫌われていたのはこのエントリで述べたとおりで、何で小畑にシンパシーを感じるのか分からない。

ただし、今田はこんな事も言っている。
終わりに故大佐が中尉時代青年将校として南支に活躍した事績は他の何人かに寄って書かれることを希望し、且つ其の時代から今日まで小畑敏四郎中将が此の亡き有為の士に目をかけられしことを併せ記する次第である。
「東宮大佐のことども」『鉄心』4(2)
小畑は対ソビエト重視論で、支那一撃論だった永田鉄山と対立していたようだから、支那フェチ今田としてはこの点で小畑に心情を寄せたのだろうか。
ちなみに上記の『鉄心』にはその小畑も東宮鉄男の追悼文を寄せている。というか、張作霖爆殺事件で予備役編入寸前だった東宮を救ったのが小畑らしい。

<追記>
「小畑は対ソビエト重視論で、支那一撃論だった永田鉄山と対立していた」…というのは、どうも後から作られたデマのようです。 参考 『永田鉄山: 平和維持は軍人の最大責務なり (ミネルヴァ日本評伝選)

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