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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
タイトルですが
「歴史は勝者によって作られる」
とも言い換えられるかも知れませんね。

何でこんな事を唐突に思ったかというと、
ちょっと調べ物があって、大昔にコピーしていた『尚古集成館紀要』をじっくり読み返してみました。

その中に所収されているM氏とかD氏の論文を見て思ったのですが
Y氏の書いたこの本(+そこに至るまでの関連論文含む)っていうのは、
島津義弘を17代当主とし、
その三男の島津忠恒(家久)が伯父・島津義久の妨害に関わらず家督相続した正当な後継者
…としたい現島津家側(※尚古集成館は島津公爵家が作った博物館が元になっています、ていうか今も島津家の傘下なのですが)にとっては、実に都合のいいお話だったんだなあ、ということ。

現状残っている史料を素直に読むと、どう見ても島津義弘→忠恒(家久)の系統は島津義久の系統からの家督簒奪者になってしまう。特に最後まで兄・義久をたてている義弘は弁解の余地が大いにあるにしても、義久生存中から徳川幕府に掛け合って側室をかこう後ろ盾になってもらおうと姑息な交渉をしてみたり、義久の死後に正室・亀寿(義久三女)を追放するわ、義久の孫は圧迫するわ、その他etcという忠恒の行為は弁護しようとしても限界がある。
そんな中、上梓されたY氏の本は実に結構な助け船だったんだろう(特に島津家御用学者のM氏にとっては)、と感じさせられました。

ところで
現島津家当主の女系をたどると当の島津義久の血も入ってるんですけどね。参考こちら
そんなことは「御用学者」にはどうでもいいらしい。

そういうのに対するアンチテーゼとして書かれたのがこちらの本なんじゃないかなあ、と思っています(ご本人に確認したわけではなく、あとがきから感じた私の勝手な感想です)。
同じ史料を見ても見方によってはこういう見解も出せるぞ、という。



個人的にはM氏にはいい印象がない。会ったこと無いけど。理由は上記の論文じゃなくて、あまりにもふざけたTV番組(寄りによって全国放送)にでて島津家、というか篤姫の印象落とすのに貢献されたから。番組スタンスを確認せずに出演するなんてアホですか。また止める奴は居なかったのか。
近年のY氏は今までの業績を肥やしに一般人相手に銭巻き上げ小銭稼ぎの印象が否めません。まあ、名声を元にお金儲けも悪くないんじゃないですか。この業界の人貧乏人が多いと言うし、みんなの目標になるのは悪いことではないと思います(これは誉め言葉ですTBS風味でもありませんヾ(--;))。

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