拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
- 中国治乱記:中国地方の戦国時代を書いた軍記物。著者不詳。間違いが多いらしい。
- 大内義隆記:タイトルそのまんま(^^;)奥書を信じるなら、書いたのは大内氏縁の寺・竜福寺の僧で天文20年前後に成立したらしい。義隆マニア(をい)なら必読。
- 言延覚書(大内様御家根本記):山口多賀神社の宮司兼武将だった禰宜言延が慶長20年に毛利輝元の要望により提出した覚え書き。大内義隆の興隆から滅亡までを個条書きに記している。義隆滅亡の一因となったと言われる寵臣・相良武任の言い訳(相良武任申状写)付き。
- 二宮佐渡覚書:慶長8年に亡くなった尼子家臣→吉川家臣の二宮佐渡俊実の想い出話を口述筆記した物と思われる。尼子氏の記述が中心。「老翁物語」のネタ本になったとも。
- 森脇覚書:元和7年になくなった吉川家臣・森脇飛騨守春方の覚え書き。毛利元就が死ぬまでの毛利氏勢力拡大に関する記述が中心。「老翁物語」のネタ本。
- 武家万代記(三島海賊家日記):毛利氏配下となった水軍の長・村上氏の覚え書き。編年通りに記述されてないのが問題点。毛利輝元に関する悪口が散見されるらしい(爆)
- 宇喜多戦記:タイトルそのまんま。戦国のダースベイダー・陰謀の宝庫ヾ(^^;)宇喜多直家のファンなら必読。但し家族関係の記述などで他の史料と異同があり、内容の信頼性にはちょっと「?」が付くらしい。
- 別所長治記:播磨三木城城主で、毛利氏と同盟関係にあったため豊臣秀吉の総攻撃に遭い、城兵の代わりに自害した別所長治の伝記。著者は別所氏の家臣であった来所弥一右衛門という。
- ”鳥取城合戦始末記”:…というサブタイトルが付いているが、こういう史料が現存しているのではなく、歴史に名高い「秀吉の鳥取城干殺し」についての諸史料をまとめた物。吉川経家が子供に当てた遺言状などを収録。
- 高松記:やはり豊臣秀吉の水攻めで有名な備中高松城の攻防を、その城主であった清水宗治の子孫がまとめ、元文4年に長州藩に提出した物。
- 身自鑑(玉木土佐守覚書):毛利元就、輝元、秀就の3代に仕えた玉木吉保の覚え書き。元和3年成立。元就から関ヶ原までの毛利氏の攻防に関する記録はもちろんだが、それ以外にも料理に関する蘊蓄なども何故か詳細に書かれており興味深い。
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