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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
これは と言う本で紹介されていたお話です。
興味深いので、原文を引用してみます。
五重宝塔一基奉安四方四仏等 数多也
 右天平二年光明皇后所造立也
(中略)
 或記云天平二年四月二十八日光明皇后発願自臨興福伽藍持簀運土公主夫人命婦<女采>咸皆従中衛大将藤原房前引率 文武百官共四部衆下杵築基構立木塔一歳之間造之塔内四方浄土安置給云々
『興福寺流記』(明治年間東京帝室博物館美術掛写本)
http://webarchives.tnm.jp/dlib/img/3846;jsessionid=676E753DA2E9066DDB926EEE5D501ED4/thumb/L0254454.jpg
※一部の字は適宜新字体に置き換え
「光明皇后が天平2年(730年)に興福寺の五重塔を建てたのだが、ある史料に依ればそれは天平2年4月28日のことで、光明皇后が自ら簀の子を持って土台の土を運び、それに内親王ら皇女、他の聖武夫人たち、女官、采女(※上記原文では<女采>で一つの字だが、原文は「女」編+しんにょう+孚と言う存在しない字になっており朱字で<女采>と訂正されている)全員が従い、さらに中衛大将藤原房前が文武百官を率いて基礎工事を手伝ったので1年で塔を完成させることができた」
…という内容かと思います。
同様の文は同じ『興福寺流記』所収の「山階流記」の”五重塔”の項目
延暦記云、右天平二年歳次庚午夏四月二十八日藤原(氏)皇后親臨伽藍発願乃躰提簀始基中務卿藤原者朝臣等 私云或文-正三位行中務卿景中衛大将
として再掲されています。

今回の主人公?の興福寺五重塔(現在の物は室町時代の再建) ※2015年4月撮影

天下の皇后陛下と高官であるその兄が仲良く土方工事しているなんて、何かほほえましくて胸熱ヾ(^^;)
…なんですが、問題は「中衛大将藤原房前引率 文武百官」と言う一文。天平2年時点では正三位参議中衛大将藤原房前の上にいるのは実兄の正三位大納言藤原武智麻呂だけなんですが、武智麻呂もこの「文武百官」の中に入ってたんでしょうか?個人的には病気でもない限り一人だけサボるなんていうのはあり得ない(まして妹の皇后自ら土方やっている事業ですし)ので、武智麻呂も参加していたのではと考えるのですが、ハタから見ると
 弟の房前の配下で兄の武智麻呂が働かされている
…様に見えたんじゃないだろうかと思うわけです。
こりゃ武智麻呂もぶちぎれるんじゃなかろうか。

近年藤原武智麻呂/房前兄弟の不仲を指摘する論文が多いようなので、こんな事を考えてみました。おそまつ。

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