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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
2007年に放送されたNHK大河ドラマ 風林火山 のこのシーンにビックリした人は多いと思う。
それは
戦に勝った側(=武田軍)が負けた側の女子供を捕らえ、市場を開いて売買しているという物だった(○。○)。

この話、確か  辺りで最初に指摘されたもので、今では歴史オタクなら知っていて当然の話…だと思う。歴女のみなさんも覚えろよ~ヾ(^^;)

実は

島津家でもそういう話がある…みたいなのである。
いや、あるだろうなとは前から思ってはいたのだが、史料ではっきり明言されているのを初めて発見した。

合志伊勢守女」という女性を、かなり以前に拙HPで紹介した。その時、父の合志伊勢守というのを「本藩人物誌」で必死になって探したが、見つからなかった。
ところが、「本藩人物誌」を別件で調べていたとき偶然に「新納久親」の項目を見たら、しっかり書いてあったのである。
合志伊勢守女は肥後から捕って帰ってきた女、であると…(○。○)
えっ?お前の読み間違いじゃないかって?うーむ、念のため原文も載せとくか…

新納二右衛門久親初宮内少輔忠秀子慶長八年生母ハ合志伊勢守女父忠秀肥後国ヨリ奪来リ妻トナス

え?肝心の所が小さい?だって原文も小文字なんだもん…では拡大してみるか(ヲイ)

父忠秀肥後国ヨリ奪来リ妻トナス

…どう見ても間違いじゃないな…⊂(。Д。⊂⌒`つ

慌ててネットで検索したら、合志氏って相互リンクさせてもらってる播磨屋さんで紹介されてるやん_| ̄|○
ちゃんと史料を丁寧に調べていたら、こんな事には…

…ところで、一つ気になることがあるのだが、新納忠秀が合志伊勢守女を略奪するチャンスは天正13年(1586年)しかないようだが、合志伊勢守女が最初の子を産むのは文禄4年(1595年)。
この9年のギャップは、もしかして…(((((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル

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史料
話としては、聞いてだけど、
実際の史料は初見です(; ̄O ̄)

ちゃんと残ってたのね〜

これも噂だけど、謙信も租税を納めない領民を売り飛ば〜〜ゲホゴホ
ただ、領民の場合は保釈金?罰金払うと無罪放免で形式的なものだって話でした。
噂なんで出典不明です。

捕ったとか、人身売買の記録は、あんまり残してないから、噂だけが一人歩きしちゃうから困る(; ̄O ̄)
だから、自分の記事では出さないようにしてました。
史料ありがとうございます。
それにしても、九年のブランクは子供を〜〜なんでしょうかね(; ̄O ̄)謎〜
時乃栞 2012/06/23(Sat)09:26:00 編集
フロイスも
書いてますね。
豊後侵攻の際、かの地で捕虜とし、肥後で
売った云々。

仙石秀久などは「豊後の国に跳梁していた
最悪の海賊や盗賊」と言われてますね。
平八 2012/06/23(Sat)11:33:27 編集
□リコン
時乃栞様コメントありがとうございます。

>上杉謙信
有名ですけど、ネットで検索すると、資料を明示してないところが多いですね。拙ブログ記事の上掲の本見たら載ってるかもです。

>9年のブランク
忠秀は源氏物語ごっこがしたかったと解釈することにしています(棒読み)
ばんない 2012/06/23(Sat)23:57:15 編集
豊後
平八さん、コメントありがとうございます

豊薩合戦で、豊後の民衆(中には武士も混じっていたかも?)が島津軍に捕らえられて売られたというのは、確かにルイス・フロイスの「日本史」に書いてありました。
その後、文禄2年に大友氏が改易されると、後からやってきた豊臣系大名が無茶苦茶したようで。人身売買ではないですが、島津家の史料(「薩藩旧記雑録」か「島津家文書」か失念)にも「豊後から逃げた農民は見つけ次第とっつかまえて豊後に連行するように」という文書が残っていたような記憶があります。
まあ、逃げたところで知り合いもいないでしょうから、商人に捕まって売られたりしたのではないかなあと思われます。しかし、豊後に戻されれば戻されたで、奴隷同然にこき使われるわけで…。
(参考資料をURLの所に入れてます(神戸大学所蔵の「中川家文書」の解説です))。

>仙石秀久
うわあ、もう救いようのない駄目な子扱いですね(苦笑)。
ばんない URL 2012/06/24(Sun)00:25:06 編集
上杉勢の奴隷市場
『謙信が~』という話は、『雑兵たちの戦場』で紹介されている1566(永禄9)年の小田城攻めでの逸話が出所だと思います。同書で出典は「別本和光院和漢合運」としていますが、藤木氏は注で「原本の所在は不詳。検討の余地がある」としていますね。史料本体を見ないのはこの辺の事情によると思われます。

まあ確かに「1人20~30文で売っていた」というのはインパクトがあるので噂にはなり易いでしょうね。
高村 URL 2012/06/25(Mon)02:12:52 編集
リーズナブル
高村様、コメントありがとうございます。
また、上杉謙信情報ありがとうございました。やはり藤木さんの本に掲載されていましたか。

一人当たりのお値段がお安いのは、人間の価値を低く見ているというのではなく、捕虜の親族が捕虜を買い戻す確率を上げるためという説もあるみたいですね。リーズナブルなお値段も謙信の慈悲の心?ってか。
ばんない 2012/06/26(Tue)00:25:04 編集
臥してお詫びします
この記事で
>史料ではっきり明言されているのを初めて発見した。
とか書いていたのですが、

実はもっと前にこういう例があったのを拙HPに書いていたのでした_| ̄|○
本当にごめんなさい。

ちなみにそのページはこちらです
「野間氏女」
http://shimadzuwomen.sengoku-jidai.com/no/noma-musume.htm
ばんない 2012/06/26(Tue)00:28:42 編集
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