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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
前回の話 こちら

島津義久は極官「従四位上」、但し、出家後に「三位法印」に任ぜられたという史料もある。
そんな彼を呼び捨てに出来るのはごくごく限られた人物しかいない。実際、呼び捨てていても、この当時の書類の書式上、「義久」と書かれることは珍しいはず(時代によって異なるが「島津入道」とか「島津修理大夫」とか苗字+官名が通例)。

ところが、そんな珍しい史料が紹介されていた。
『細川幽斎』の191頁に、徳川家康が細川幽斎(藤孝)に宛てた手紙として

芳礼披見祝着の至に候。仍って今度、義久無二、忠節を存ぜらるるについて、祁答院(注 島津歳久のこと)成敗申さるる段、肝要に存じ候。
(中略)
八月二日
家康 (判)
幽斎老

…まあ、重要な役目を果たしていたとはいえ無位無冠堺の商人の千利休とこの時従二位権大納言の徳川家康とは一概に比較できませんが。

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