拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
前回のお話は 1 2
拝見致しました~
感想を箇条書き
・桐野作人先生ビデオ出演お目出度うございます
・予想してましたが「義久はダメポ」「義弘は偉い」「重豪は怪物」「斉彬様はやはりすごいのです」「久光も頑張ったのですが時代の流れに押し流されちゃったのです」という展開でした
・島津斉宣の名前が出てきました…怪物な重豪父さんに酷い目に会わされた殿様という書き方でした…それでもいいんです名前出してもらっただけでも…(つд`)
・島津斉興が「外国よけの呪いの札」を作っていた件(○。○)
・山本先生老けましたね…ヾ(--;)
・原口先生相変わらずのマシンガントーク…というか少しは山本先生に機会を与えてあげましょうよヾ(^^;)
・町田明広先生が仏大から東京の大学に移っていた件
・ゴキブリも中国から薩摩経由で輸入されたらしい(○。○)(原口先生談)…万死に値する
・三木靖先生が「資料提供」でテロップだけ出てたのですが、何提供されたんでしょうか。
こんなとこですかね
再放送は来週の金曜日朝8時、チャンネルはBSプレミアムの予定です。
拝見致しました~
感想を箇条書き
・桐野作人先生ビデオ出演お目出度うございます
・予想してましたが「義久はダメポ」「義弘は偉い」「重豪は怪物」「斉彬様はやはりすごいのです」「久光も頑張ったのですが時代の流れに押し流されちゃったのです」という展開でした
・島津斉宣の名前が出てきました…怪物な重豪父さんに酷い目に会わされた殿様という書き方でした…それでもいいんです名前出してもらっただけでも…(つд`)
・島津斉興が「外国よけの呪いの札」を作っていた件(○。○)
・山本先生老けましたね…ヾ(--;)
・原口先生相変わらずのマシンガントーク…というか少しは山本先生に機会を与えてあげましょうよヾ(^^;)
・町田明広先生が仏大から東京の大学に移っていた件
・ゴキブリも中国から薩摩経由で輸入されたらしい(○。○)(原口先生談)…万死に値する
・三木靖先生が「資料提供」でテロップだけ出てたのですが、何提供されたんでしょうか。
こんなとこですかね
再放送は来週の金曜日朝8時、チャンネルはBSプレミアムの予定です。
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前回のお知らせはこちら
正式タイトルと放送日が確定したのでお知らせします。
…タイトルが扇情的になっとるヾ(--;)
あとゲスト…榎木さんは良いのですが…後の2人…なんか放送前からもう内容が見えて…いやもう何も言うまい(^^;)
番組と関係のないおまけ
正式タイトルと放送日が確定したのでお知らせします。
BS歴史館 大名家の生き残り策(1)「突破700年 島津家 退くことを知らず」
南九州に君臨すること700年!戦国・幕末には圧倒的な存在感を示した島津家。知略的ながら無謀!武力と外交術を駆使し、苦難を突破し続けた殿様たちの強さの秘密とは?
関ヶ原の戦い。敗北武将たちが後ろに逃げる中、猛然と突撃し活路を開いた、伝説の敵中突破!…島津義弘。徳川家康の強大な外圧に一歩もひかず、外交戦で国を守りきった島津義久。江戸中期、外様の弱い立場を大逆転!幕府中枢に迫る権力を握り、経済危機を黒字転換させた“最強のご隠居”島津重豪。幕末、維新の原動力となった知略と実行力の斉彬・久光兄弟。家族対立をも恐れぬ超実力主義で強さを磨いた、島津家の気風に迫る!
渡辺真理,原口泉,山本博文,榎木孝明,【語り】佐々木蔵之介
http://www4.nhk.or.jp/rekishikan/x/2013-05-16/10/10653/
…タイトルが扇情的になっとるヾ(--;)
あとゲスト…榎木さんは良いのですが…後の2人…なんか放送前からもう内容が見えて…いやもう何も言うまい(^^;)
番組と関係のないおまけ
NHKBSプレミアムにて表題の番組が放送予定です
放送予定日 2013/5/16(木) PM20:00~21:00 <再放送>2013/5/24(金) AM8:00~9:00
TVガイドで見た限りの内容ですが
「家の存亡に関わる家族の不協和音」
「したたかな生き残り術」
だとか。もしかしたら亀寿辺り登場するのか気にさせるような…しかしこれで幕末ネタしか出てこなかったら泣く
放送日、タイトルは変更の可能性が大ですので、新聞等で再度ご確認下さい。
公式HPはこちら
放送予定日 2013/5/16(木) PM20:00~21:00 <再放送>2013/5/24(金) AM8:00~9:00
TVガイドで見た限りの内容ですが
「家の存亡に関わる家族の不協和音」
「したたかな生き残り術」
だとか。もしかしたら亀寿辺り登場するのか気にさせるような…しかしこれで幕末ネタしか出てこなかったら泣く
放送日、タイトルは変更の可能性が大ですので、新聞等で再度ご確認下さい。
公式HPはこちら
ももいろクロスバーZ
ももいろクロスバーZ(ももいろクロスバーゼット、Momoiro Crossver Z)は、南九州の大名家・島津氏所属の男性アイドルグループ。愛称はももクロ、ももクロちゃん。
概要
「ピュアな男の子が、勝利を運びたい」という意味を込め、ももいろクロスバーとして1554年に結成[1]。1568年3月1日に川上久朗の戦死に直面し、その翌日から心機一転、ももいろクロスバーZとなって再出発した。Zの意味は公式には発表されておらず、銘々に解釈が委ねられている[2]。また、Zの文字を宙に書いて指を突き出すポーズを常用する[2]。
メンバーは武将がメインのため、週末ヒーローと称して土日を中心に活動する。「いま、会える捨てがまり」のキャッチフレーズのもと、敵武将との距離感の近さを重視しライブ[3]アイドルとしての活動を行ってきた。数人の敵武将を相手にしての野伏せりに始まり、加治木饅頭の手売り[4]、野宿をしながらの西日本ツアー[5]などの下積みを経ており、鎌倉時代からの守護大名所属ながらメジャーデビューまでに約20年[6]を費やした。今でもライブでは、ファンへの感謝を深く長いお辞儀で表すシーンが度々見受けられる[7]。
メンバー
一人ひとりにイメージカラーが割り当てられており、衣装や装飾品はその色を基調とする場合が大半である。
レッド 島津義久 茶畑[8]の引きこもり(一応不動のリーダー。義弘がリーダーじゃねーぞ!)
イエロー 島津義弘 みんなの弟[9](武闘派と言われるが本当はさびしんぼう)
ピンク 島津歳久 ももクロのアイドル[10](ちょっと目立たない正統派武将)
グリーン 島津家久 小さな巨人[11](一番若いが沖田畷や戸次川などの戦いの実績は半端ではない)
パープル 伊集院忠棟 内通武将?(豊臣秀吉になびいてるって噂ホントかな?)
元メンバー
ブルー 川上久朗 クールビューティー(凛々しい超若手家老)[12]
脚注
1.岩剣城の戦いのあった日
2.パロディネタに深くつっこみを入れてはいけない。
3.合戦のこと
4.メンバーの一人・義弘の好物である
5.実は義久、義弘が参加したのは天正15年以降である 他の3人は早々上洛経験があったのに なおこの時の体験を家久は「家久君上洛日記」として残している
6.耳川の戦い(高城川の戦い)<天正6年(1578年)>が一応メジャーデビュー?
7.伝統ある守護大名出身だから礼儀正しいのだ。
8.実は茶葉の生産量日本2位の鹿児島県。
9.あんなごつい弟いらないと言われても困る許してたもんせ
10.戦前までは四兄弟の中で一番人気があったとか(実話)
11.実際は背が高かったらしいが根拠不明
12.義久とアレな関係だったって噂ですがヾ(^^;)
…わっ、みなさん怒らないで来年からもうしませんから
元ネタ こちら(wikipedia「ももいろクローバーZ」)
ももいろクロスバーZ(ももいろクロスバーゼット、Momoiro Crossver Z)は、南九州の大名家・島津氏所属の男性アイドルグループ。愛称はももクロ、ももクロちゃん。
概要
「ピュアな男の子が、勝利を運びたい」という意味を込め、ももいろクロスバーとして1554年に結成[1]。1568年3月1日に川上久朗の戦死に直面し、その翌日から心機一転、ももいろクロスバーZとなって再出発した。Zの意味は公式には発表されておらず、銘々に解釈が委ねられている[2]。また、Zの文字を宙に書いて指を突き出すポーズを常用する[2]。
メンバーは武将がメインのため、週末ヒーローと称して土日を中心に活動する。「いま、会える捨てがまり」のキャッチフレーズのもと、敵武将との距離感の近さを重視しライブ[3]アイドルとしての活動を行ってきた。数人の敵武将を相手にしての野伏せりに始まり、加治木饅頭の手売り[4]、野宿をしながらの西日本ツアー[5]などの下積みを経ており、鎌倉時代からの守護大名所属ながらメジャーデビューまでに約20年[6]を費やした。今でもライブでは、ファンへの感謝を深く長いお辞儀で表すシーンが度々見受けられる[7]。
メンバー
一人ひとりにイメージカラーが割り当てられており、衣装や装飾品はその色を基調とする場合が大半である。
レッド 島津義久 茶畑[8]の引きこもり(一応不動のリーダー。義弘がリーダーじゃねーぞ!)
イエロー 島津義弘 みんなの弟[9](武闘派と言われるが本当はさびしんぼう)
ピンク 島津歳久 ももクロのアイドル[10](ちょっと目立たない正統派武将)
グリーン 島津家久 小さな巨人[11](一番若いが沖田畷や戸次川などの戦いの実績は半端ではない)
パープル 伊集院忠棟 内通武将?(豊臣秀吉になびいてるって噂ホントかな?)
元メンバー
ブルー 川上久朗 クールビューティー(凛々しい超若手家老)[12]
脚注
1.岩剣城の戦いのあった日
2.パロディネタに深くつっこみを入れてはいけない。
3.合戦のこと
4.メンバーの一人・義弘の好物である
5.実は義久、義弘が参加したのは天正15年以降である 他の3人は早々上洛経験があったのに なおこの時の体験を家久は「家久君上洛日記」として残している
6.耳川の戦い(高城川の戦い)<天正6年(1578年)>が一応メジャーデビュー?
7.伝統ある守護大名出身だから礼儀正しいのだ。
8.実は茶葉の生産量日本2位の鹿児島県。
9.あんなごつい弟いらないと言われても困る許してたもんせ
10.戦前までは四兄弟の中で一番人気があったとか(実話)
11.実際は背が高かったらしいが根拠不明
12.義久とアレな関係だったって噂ですがヾ(^^;)
…わっ、みなさん怒らないで来年からもうしませんから
元ネタ こちら(wikipedia「ももいろクローバーZ」)