拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
前回記事でハウスバーモントカレーのイメージボーイだった方がお亡くなりになられた話をしましたが、この週末にかけて朝丘雪路とか、有名人がボコボコ亡くなられましたねえ…
ところで、今頃になって春休み中にBSで放送された「池上彰のbig対談」磯田道史編を録画していたのを拝見したわけだが。暗い話の連続で精神的に参ってしまった…でも磯田さんは歴史家としてこれから先も見届けたい云々というようなことを話されてました。鋼のメンタルですな。私は無理。
それより最後に池上氏が言っていた「(磯田氏が)大学時代に図書館で本を読みすぎて栄養失調で倒れた」という話が気になる。本が好きすぎるだけが原因じゃないような。
気を取り直して。前回の話はこちらです。
さて。
前回はいかにも豪邸!な部分を紹介したのですが(実際に最初に案内してもらったのがそこだった(^^;))
豪邸を支えるのには沢山のバックヤードがいると言うことで…
本日のネタは「1Fのお勝手」からスタート。
前回は「乾邸1F唯一の和室」で終了しましたが、その部屋と廊下をはさんで北側にお勝手スペースがあります。
内玄関
前回紹介した「通常玄関」いわゆる普段用の玄関です。普段用といいながら十分広い。
その西向かいに、女中の控え室があるのですが…現在は保存会の倉庫として使われているため閉鎖されて見学できませんでした。
内玄関を入ってすぐ右横(北側)には「応接室」がありました。前回紹介した「応接室(ゲストルーム)」と違って、ちょっとした所用で来た人(営業の人とか?ヾ(^^;))を通す部屋だったようです。こちらの部屋も現在保存会の事務室として使われているため見学できませんでした。
その応接室の北隣にあるのが「事務室」です。うーむいかにも事務的殺風景(^^;)
その事務室内にある脇玄関。いわゆる「お勝手口」でした。
1Fのお勝手は見学できないところが多かった…_| ̄|○
そのお勝手用の階段から2Fへ移動。ちなみにこの階段、狭い+急傾斜。さすがは戦前の建て物?!
主寝室 現在はベッドなどがないのでイメージしにくいですが…
この主寝室には前回書いた1Fのゲストルームをのぞき見る窓→
がありました。
この主寝室と内側の廊下(写真の右側)
で繋がっていたのが
夫人用の寝室。こちらも主寝室同様現状はベッドとか無いのでイメージしづらい。
ところで主寝室と夫人寝室が別れていたと言うことは、乾新治夫妻は夫婦別室だったんですね。
夫人寝室には違い棚風の化粧台が作り付けであったりしました。洋室の中でこの辺は和風である。
なお、上記の内廊下側、主寝室と夫人寝室の間にバスルームとトイレがありました。昭和初期の建て物には考えられない現代風、と言うか欧米スタイルの寝室。
…途中で幾度か改修工事があったようで、今時のユニットバスになっていたのは見逃しましょうね(^^;)
ここまでが2Fの「表」の顔。
2Fにも「バックヤード」がありました。
先程の夫人用の寝室と廊下をはさんで北側にあるのが
「衣装部屋」です。
和室じゃないですよ。いや確かに和室だけど(^^;)誰かの部屋とか言うのではなくて、乾新治夫人の大量の着物を収納し、お着替えするためだけの部屋でした。襖を開けると、そこには着物を収納するための和箪笥が並んでいました。
この部屋、京間の8畳なのでかなり広かったです。
その北側に、女中が寝泊まりする部屋・「女中室」(8畳)と
「予備室」(6畳)がありました。西側にしか窓がないので、衣装部屋より圧迫感が感じられます。
2Fの主廊下にある階段を上ると3F。
そこには「サンルーム」がありました。…あれ、サンルーム全景を入れた写真を撮ってなかった_| ̄|○
でも御影の山手にある邸宅のしかも3Fにある部屋ですからして、景色がとても良かったです。
これは海側
こちらが山側 ちなみに正面に見えるのが白鶴美術館。
この3F、
埋め込み型の空調(壁の上部+下部に付いている柵)とか、昭和初期とは思えない凝った作りになっていました。
ちなみにこれが空調スイッチ。こちらの形は昭和な作りですね(^^;)
以上で建物の見学は終了。
なお、この乾邸ですが庭も神戸市指定名勝になっていて、さすがは昭和の豪邸の雰囲気を今に伝えています。
こちらは洋館から見た洋風庭園
洋風庭園の西隣続きにある和風庭園。同じ敷地にあるとは思えない位雰囲気が違います。
阪神大震災で全壊し無くなった和室棟には見事な茶室もあったそうで、和室が残っていたら又雰囲気が違っていたかも知れません。
この乾邸は、この御影に建てられた邸宅の中では最後の方に建った建物でした。
8番が今回見学した乾邸。
また、これだけの豪邸(敷地面積約3870㎡)ですが、御影の豪邸群の中では一番小さいクラスの建て物だったそうです。ひょえ~。
…これらの豪邸も昭和10年の阪神大水害や戦後直ぐの財閥解体などでほとんどが失われ、現在残っているのは
・乾邸
・村山邸(現香雪美術館、建物内部は見学できない)
・
弘世邸(現レストラン蘇州園)
ぐらいです。
神戸市でも「風見鶏の館」など異人館は行ったことある方でも、こういう昭和の豪邸を見た方はかなり少ないのでは。ご興味のある方にはお奨めできますよ~。
但し見学日が春と秋のそれぞれ1週間ずつと非常に限定されている上、事前申し込みが必要です。詳しくは神戸市の公式HPで「乾邸」で検索。

更なるおまけ ご興味のある方だけクリックプリーズ
ところで、今頃になって春休み中にBSで放送された「池上彰のbig対談」磯田道史編を録画していたのを拝見したわけだが。暗い話の連続で精神的に参ってしまった…でも磯田さんは歴史家としてこれから先も見届けたい云々というようなことを話されてました。鋼のメンタルですな。私は無理。
それより最後に池上氏が言っていた「(磯田氏が)大学時代に図書館で本を読みすぎて栄養失調で倒れた」という話が気になる。本が好きすぎるだけが原因じゃないような。
気を取り直して。前回の話はこちらです。
さて。
前回はいかにも豪邸!な部分を紹介したのですが(実際に最初に案内してもらったのがそこだった(^^;))
豪邸を支えるのには沢山のバックヤードがいると言うことで…
本日のネタは「1Fのお勝手」からスタート。
前回は「乾邸1F唯一の和室」で終了しましたが、その部屋と廊下をはさんで北側にお勝手スペースがあります。
前回紹介した「通常玄関」いわゆる普段用の玄関です。普段用といいながら十分広い。
その西向かいに、女中の控え室があるのですが…現在は保存会の倉庫として使われているため閉鎖されて見学できませんでした。
内玄関を入ってすぐ右横(北側)には「応接室」がありました。前回紹介した「応接室(ゲストルーム)」と違って、ちょっとした所用で来た人(営業の人とか?ヾ(^^;))を通す部屋だったようです。こちらの部屋も現在保存会の事務室として使われているため見学できませんでした。
1Fのお勝手は見学できないところが多かった…_| ̄|○
そのお勝手用の階段から2Fへ移動。ちなみにこの階段、狭い+急傾斜。さすがは戦前の建て物?!
この主寝室には前回書いた1Fのゲストルームをのぞき見る窓→
この主寝室と内側の廊下(写真の右側)
ところで主寝室と夫人寝室が別れていたと言うことは、乾新治夫妻は夫婦別室だったんですね。
なお、上記の内廊下側、主寝室と夫人寝室の間にバスルームとトイレがありました。昭和初期の建て物には考えられない現代風、と言うか欧米スタイルの寝室。
ここまでが2Fの「表」の顔。
2Fにも「バックヤード」がありました。
先程の夫人用の寝室と廊下をはさんで北側にあるのが
和室じゃないですよ。いや確かに和室だけど(^^;)誰かの部屋とか言うのではなくて、乾新治夫人の大量の着物を収納し、お着替えするためだけの部屋でした。襖を開けると、そこには着物を収納するための和箪笥が並んでいました。
この部屋、京間の8畳なのでかなり広かったです。
その北側に、女中が寝泊まりする部屋・「女中室」(8畳)と
2Fの主廊下にある階段を上ると3F。
そこには「サンルーム」がありました。…あれ、サンルーム全景を入れた写真を撮ってなかった_| ̄|○
でも御影の山手にある邸宅のしかも3Fにある部屋ですからして、景色がとても良かったです。
この3F、
以上で建物の見学は終了。
なお、この乾邸ですが庭も神戸市指定名勝になっていて、さすがは昭和の豪邸の雰囲気を今に伝えています。
阪神大震災で全壊し無くなった和室棟には見事な茶室もあったそうで、和室が残っていたら又雰囲気が違っていたかも知れません。
この乾邸は、この御影に建てられた邸宅の中では最後の方に建った建物でした。
また、これだけの豪邸(敷地面積約3870㎡)ですが、御影の豪邸群の中では一番小さいクラスの建て物だったそうです。ひょえ~。
…これらの豪邸も昭和10年の阪神大水害や戦後直ぐの財閥解体などでほとんどが失われ、現在残っているのは
・乾邸
・村山邸(現香雪美術館、建物内部は見学できない)
・
ぐらいです。
神戸市でも「風見鶏の館」など異人館は行ったことある方でも、こういう昭和の豪邸を見た方はかなり少ないのでは。ご興味のある方にはお奨めできますよ~。
但し見学日が春と秋のそれぞれ1週間ずつと非常に限定されている上、事前申し込みが必要です。詳しくは神戸市の公式HPで「乾邸」で検索。
更なるおまけ ご興味のある方だけクリックプリーズ
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秀樹が死んでショック
「YMCA」とかリアルにザ・ベストテンで見ていたんですが…
本題に戻る。
去年のちょうど今頃、神戸市は東灘区の御影という場所にある、戦前の大富豪の豪邸を見学して参りました。
見学が春秋のそれぞれ1週間ずつという超限定、しかも事前応募しておかないといけないと言うことで(更にその応募期間も超限定)、なかなか行けなかったのですが
ようやく申し込むことができて、見学させて頂きました。
神戸市以外の住民の方には「御影」と言っても「?」な人が大半だと思われますが、
戦前は芦屋が足元にも及ばないほどのお屋敷町、いや豪邸の町でした。
以前拙ブログでもネタにした久邇宮家とも縁のある弘世家の邸宅もここにありました。
…それらの豪邸も、戦後のGHQによる財閥解体や、壮絶な財産税、相続税などにより、現在殆ど消滅していますが。
その中でわずかに残り、そして(たまにではありますが)見学できる唯一の邸宅が、今回訪問した「旧乾邸」です。
戦前の大富豪の豪邸や建築にご興味のある方は「つづきはこちら」ボタンをクリックどうぞ。
「YMCA」とかリアルにザ・ベストテンで見ていたんですが…
本題に戻る。
去年のちょうど今頃、神戸市は東灘区の御影という場所にある、戦前の大富豪の豪邸を見学して参りました。
見学が春秋のそれぞれ1週間ずつという超限定、しかも事前応募しておかないといけないと言うことで(更にその応募期間も超限定)、なかなか行けなかったのですが
ようやく申し込むことができて、見学させて頂きました。
神戸市以外の住民の方には「御影」と言っても「?」な人が大半だと思われますが、
戦前は芦屋が足元にも及ばないほどのお屋敷町、いや豪邸の町でした。
以前拙ブログでもネタにした久邇宮家とも縁のある弘世家の邸宅もここにありました。
…それらの豪邸も、戦後のGHQによる財閥解体や、壮絶な財産税、相続税などにより、現在殆ど消滅していますが。
その中でわずかに残り、そして(たまにではありますが)見学できる唯一の邸宅が、今回訪問した「旧乾邸」です。
戦前の大富豪の豪邸や建築にご興味のある方は「つづきはこちら」ボタンをクリックどうぞ。
…を見に行って参りました。
先日から春日大社のことが気になっているので、タイムリーな展覧会だと思いまして。
が!行きが電車の接続が悪くて2時間もかかってしまい、展覧会の後春日大社に写真撮影お参り(^^;)しようと思っていたができなかった_| ̄|○
しかし奈良。角が生えかけの鹿と修学旅行生と外国人観光客に揉まれながらの道中で、人酔いしました(^^;)
いっぽう、展覧会場は空いていて楽園(をい)状態。修学旅行生も外人も0!_(。_゜)/…まあ、「神仏習合の権化」春日大社なんて、中高生はもちろん、外人にも理解不能な代物ですからね…かくいう私も理解できている自信がないのだが。
でも外人の好きそうな鎧アーマーヾ(^^;)しかも国宝ばっかり4点という面白い物も出てました。
・国宝 赤糸威大鎧(竹虎雀飾):展示は今週末(5/13)まで!教科書にも出てくる一番有名な鎧兜。急げ!
・国宝 赤糸威大鎧(梅鶯飾):こちらは来月まで(6/10)。
個人的にはこれが一番目当てで行ったのだった。
他、公式HPには載ってないのですが、紺糸威しの南北朝頃製作と推定されている胴丸と兜のセット(こちらも国宝)が2点出ていました。島津豊久の鎧を彷彿とさせるもので、ちょっとうるっとしてしまいましたが。
もうひとつのお目当てが「鹿島神宮と香取神宮のご神宝」2点。
・国宝 直刀・黒漆平文大刀拵(鹿島神宮ご神宝)
・国宝 海獣葡萄鏡(香取神宮ご神宝)
鹿島神宮のご神宝は関西では史上初公開らしい。おや、去年秋の「国宝展」でも出てなかったのか。実物見てそれも当然と思ってしまった。何しろ全長3m(^^;)。…もってくる+展示するのが大変すぎる…。今回の展示でも壁一つ専有されてられました。なお、鹿島神宮ではこの巨大すぎる刀を「神話に出てくる韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」と伝承しているそうです。近頃話題の「刀剣○舞」にはご登場されてないようだが…そりゃ全長3mの刀じゃ無理かヾ(^^;)。
鏡の方は実は正倉院に全く同じ物があるそうで、公式図録の解説では藤原氏の誰かが遣唐使が持って帰ってきたペアを一枚ずつ分けて奉納したんじゃないか?としていました。
実は、以前拙ブログでも書いたように、春日大社は起源が胡散臭い謎多い神社で、藤原氏の氏神の割りには公式の起源は神護景雲2年(768年)と奈良時代の終わり頃。奈良時代の展示物というのは先述の鹿島神宮+香取神宮から借りてきた物ぐらいで、多くは平安時代以降の物ばかりでした。
あの大河ドラマ『平清盛』で山本耕史が演じて話題になった、スーパーハードゲイヾ(--;)藤原頼長が実用+奉納したらしいという弓矢とか、マニアが見たら興味深い物が多かったです。
意外なところでは平安時代のライバル?藤原道長の「御堂関白記」と藤原実資の「小右記」が並んで展示されてました。実資の方が字もうまかったのね。
あとは、外人は当然、現代日本人にも理解不能な「春日大社の神仏習合の世界」。春日大社の図面と仏像(春日大社の神が仏に変身した姿らしい)を描いた、いわゆる“春日曼荼羅”と言われる掛け軸が山のように。どうも
・武甕槌命:不空羂索観音→釈迦如来
・経津主命:薬師如来
・天児屋根命:地蔵菩薩
・比売命:大日如来→十一面観音
・天押雲根命(通称“若宮”):文殊菩薩 ※但し姿は子供に描くこと
…と平安末期以降の日本人は勝手に当てはめて納得していたようです。
あとは、武甕槌命が常陸国から乗ってきたという言い伝えがあった「鹿」を書いた掛け軸が山のように。ご存じの方が多いと思いますが、奈良市に今のように野良の鹿があふれかえっているのは、鹿が「春日大社の神様のお使い」とされているからなのです…。
図録は¥2500で高いなーと思いつつ、今興味のある「春日大社の起源」に関する小論他いろいろと興味深い話が載っていたので買ってしまいました…金欠だわ。
<感想>
鹿島神宮から武甕槌命が載ってきたお乗り物が鹿じゃなければ、今頃奈良はこんなに糞害に悩む場所じゃなかったと言う事ですね…ヾ(^^;)
あの吉永小百合が歌う奈良県歌ヾ(--;)名曲?も存在しなかったのかも。
だがしかし、お乗り物が馬だったら更に問題が悪化していただろうが…
展覧会公式HP こちら 上記記事で紹介した物の写真も載っています。
先日から春日大社のことが気になっているので、タイムリーな展覧会だと思いまして。
が!行きが電車の接続が悪くて2時間もかかってしまい、展覧会の後春日大社に写真撮影お参り(^^;)しようと思っていたができなかった_| ̄|○
しかし奈良。角が生えかけの鹿と修学旅行生と外国人観光客に揉まれながらの道中で、人酔いしました(^^;)
いっぽう、展覧会場は空いていて楽園(をい)状態。修学旅行生も外人も0!_(。_゜)/…まあ、「神仏習合の権化」春日大社なんて、中高生はもちろん、外人にも理解不能な代物ですからね…かくいう私も理解できている自信がないのだが。
でも外人の好きそうな鎧アーマーヾ(^^;)しかも国宝ばっかり4点という面白い物も出てました。
・国宝 赤糸威大鎧(竹虎雀飾):展示は今週末(5/13)まで!教科書にも出てくる一番有名な鎧兜。急げ!
・国宝 赤糸威大鎧(梅鶯飾):こちらは来月まで(6/10)。
個人的にはこれが一番目当てで行ったのだった。
他、公式HPには載ってないのですが、紺糸威しの南北朝頃製作と推定されている胴丸と兜のセット(こちらも国宝)が2点出ていました。島津豊久の鎧を彷彿とさせるもので、ちょっとうるっとしてしまいましたが。
もうひとつのお目当てが「鹿島神宮と香取神宮のご神宝」2点。
・国宝 直刀・黒漆平文大刀拵(鹿島神宮ご神宝)
・国宝 海獣葡萄鏡(香取神宮ご神宝)
鹿島神宮のご神宝は関西では史上初公開らしい。おや、去年秋の「国宝展」でも出てなかったのか。実物見てそれも当然と思ってしまった。何しろ全長3m(^^;)。…もってくる+展示するのが大変すぎる…。今回の展示でも壁一つ専有されてられました。なお、鹿島神宮ではこの巨大すぎる刀を「神話に出てくる韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」と伝承しているそうです。近頃話題の「刀剣○舞」にはご登場されてないようだが…そりゃ全長3mの刀じゃ無理かヾ(^^;)。
鏡の方は実は正倉院に全く同じ物があるそうで、公式図録の解説では藤原氏の誰かが遣唐使が持って帰ってきたペアを一枚ずつ分けて奉納したんじゃないか?としていました。
実は、以前拙ブログでも書いたように、春日大社は起源が胡散臭い謎多い神社で、藤原氏の氏神の割りには公式の起源は神護景雲2年(768年)と奈良時代の終わり頃。奈良時代の展示物というのは先述の鹿島神宮+香取神宮から借りてきた物ぐらいで、多くは平安時代以降の物ばかりでした。
あの大河ドラマ『平清盛』で山本耕史が演じて話題になった、スーパーハードゲイヾ(--;)藤原頼長が実用+奉納したらしいという弓矢とか、マニアが見たら興味深い物が多かったです。
意外なところでは平安時代のライバル?藤原道長の「御堂関白記」と藤原実資の「小右記」が並んで展示されてました。実資の方が字もうまかったのね。
あとは、外人は当然、現代日本人にも理解不能な「春日大社の神仏習合の世界」。春日大社の図面と仏像(春日大社の神が仏に変身した姿らしい)を描いた、いわゆる“春日曼荼羅”と言われる掛け軸が山のように。どうも
・武甕槌命:不空羂索観音→釈迦如来
・経津主命:薬師如来
・天児屋根命:地蔵菩薩
・比売命:大日如来→十一面観音
・天押雲根命(通称“若宮”):文殊菩薩 ※但し姿は子供に描くこと
…と平安末期以降の日本人は勝手に当てはめて納得していたようです。
あとは、武甕槌命が常陸国から乗ってきたという言い伝えがあった「鹿」を書いた掛け軸が山のように。ご存じの方が多いと思いますが、奈良市に今のように野良の鹿があふれかえっているのは、鹿が「春日大社の神様のお使い」とされているからなのです…。
図録は¥2500で高いなーと思いつつ、今興味のある「春日大社の起源」に関する小論他いろいろと興味深い話が載っていたので買ってしまいました…金欠だわ。
<感想>
鹿島神宮から武甕槌命が載ってきたお乗り物が鹿じゃなければ、今頃奈良はこんなに糞害に悩む場所じゃなかったと言う事ですね…ヾ(^^;)
あの吉永小百合が歌う奈良県歌ヾ(--;)名曲?も存在しなかったのかも。
だがしかし、お乗り物が馬だったら更に問題が悪化していただろうが…
展覧会公式HP こちら 上記記事で紹介した物の写真も載っています。
独立系UHF(神奈川TV、千葉テレビ、サンテレビなど)のみで放送された、あの歴史バラエティの傑作(と私は勝手に認定(^^;))が戻って参りました。
…但し、サンテレビのみ_(。_゜)/
関西でも見られるのは大阪の一部地域と兵庫県限定になってしまいますが、放送当時見逃された方は如何でしょうか。
今やかなり有名になられた方が、すごいコスプレヾ(--;)させられていたりして苦笑必死?
4月から再放送が始まっていますので既に4回放送終了してしまいましたが、今からでも間に合いますよ~?!
放送時間は毎週金曜日夜9:30~です
(但しサンテレビ名物パーフェクトナイターのため不定期に遅くにずれ込む可能性が高いです)
拙ブログ関連ネタ こちら
…えっと、本放送は既に8年前になるんですか…ついこの間のような気がゲホゲホ
…但し、サンテレビのみ_(。_゜)/
関西でも見られるのは大阪の一部地域と兵庫県限定になってしまいますが、放送当時見逃された方は如何でしょうか。
今やかなり有名になられた方が、すごいコスプレヾ(--;)させられていたりして苦笑必死?
4月から再放送が始まっていますので既に4回放送終了してしまいましたが、今からでも間に合いますよ~?!
放送時間は毎週金曜日夜9:30~です
(但しサンテレビ名物パーフェクトナイターのため不定期に遅くにずれ込む可能性が高いです)
拙ブログ関連ネタ こちら
…えっと、本放送は既に8年前になるんですか…ついこの間のような気がゲホゲホ

