拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
「町田氏正統系図」久幸 文禄4年条「高山山下善之丞年代記」(『鹿児島県史料』「旧記雑録拾遺家分け3」所収)
その前の文章もおもしろい。義久が冨隈城に移ったときについていったメンバーの一覧なのだが、源七郎(島津忠直、島津豊久の弟)、北郷四郎左衛門(おそらく北郷久村、北郷三久の弟)、そしてこの町田久幸etcと次世代シマズンの若手精鋭メンバー。ただ、その後町田久幸が島津家久(忠恒)によって家老に抜擢されたり、島津忠直が病弱を理由に家督を辞退して隠遁するなど、このメンバーの多くは義久の元を去ってしまったようだ・・・。
龍伯様、冨隈へ鹿児嶋より御座御直し被成候、12日、幸侃冨隈同時に移ル
あるぇ~、確か山本博文氏のお説では伊集院幸侃は義弘派だったはず・・・なんだが。
その前の文章もおもしろい。義久が冨隈城に移ったときについていったメンバーの一覧なのだが、源七郎(島津忠直、島津豊久の弟)、北郷四郎左衛門(おそらく北郷久村、北郷三久の弟)、そしてこの町田久幸etcと次世代シマズンの若手精鋭メンバー。ただ、その後町田久幸が島津家久(忠恒)によって家老に抜擢されたり、島津忠直が病弱を理由に家督を辞退して隠遁するなど、このメンバーの多くは義久の元を去ってしまったようだ・・・。
PR
「うっかり戦国漫画」別館ブログのこの記事をみて非常に気になり
YAHOO!オークションを「島津」で検索したら
でてくるでてくる …もうへこむ…_| ̄|○
※上3つはともかく、「島津」ってそういうイメージなのか…世間一般的には…
omake
日新斎おじいちゃんと最近不憫さが募るヾ(--;)貴久公連名のお稲荷さんの編額見たかったなーなーなー
…しかし、もしかしたらどこかの地方誌か史料集に文字だけ載っているような気もしなくもない…
天文五年というのと「藤原」署名が妙に気にかかる…
YAHOO!オークションを「島津」で検索したら
でてくるでてくる …もうへこむ…_| ̄|○
※上3つはともかく、「島津」ってそういうイメージなのか…世間一般的には…
omake
日新斎おじいちゃんと最近不憫さが募るヾ(--;)貴久公連名のお稲荷さんの編額見たかったなーなーなー
…しかし、もしかしたらどこかの地方誌か史料集に文字だけ載っているような気もしなくもない…
天文五年というのと「藤原」署名が妙に気にかかる…
本屋で偶然立ち読みしたんですが。
タイトルから見て「島津重豪がでてくるかなー」と予想して目次を見ると
予想どんぴしゃ、単独項目で取り上げているようだ。
これだけ読んでみるか・・・
・・・
重豪ってすばらしい!先端的な考えの持ち主!田沼様のお友達というだけですばらしい!
・・・終始こんな調子でした。がっかり。
確かにタイトルから見て分かるように田沼意次を誉めて誉めて誉めたおす番組の本というのは分かってるんですよ。でも、島津重豪の治世はその後先考えない「開明」のために、後の処理が大変だった時代でもあるのですよ。そういう暗い点にはひとっことも触れてない。この章は島津重豪を中心に書いているのだから、そういう問題点もちょっとは指摘してないと片手落ちもいいように思いました。人間明るいばかりが人生じゃないんだから。
と思ったら、去年の大河の便乗本 で、もうけた作家さんみたいですねぇ。このお方。
そういえば、島津重豪の章の最後の方では「斉彬すばらしい!その養女となって大奥の盟主となった去年の大河の主人公・篤姫すばらしい!」といった論調がちらっと挟まれていた。
深い掘り下げを期待する方が無駄だったか。
※蛇足ですが、個人的には田沼意次の治世自体はそれなりに評価はしています。田沼が嫌いだから上記の感想になったわけではないので。念押し。
拙ブログ関連ネタ
文化朋党の「乱」
公家・堤家と鹿児島藩

