拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
2007年に放送されたNHK大河ドラマ 風林火山
のこのシーンにビックリした人は多いと思う。
それは
戦に勝った側(=武田軍)が負けた側の女子供を捕らえ、市場を開いて売買しているという物だった(○。○)。
この話、確か 辺りで最初に指摘されたもので、今では歴史オタクなら知っていて当然の話…だと思う。歴女のみなさんも覚えろよ~ヾ(^^;)
実は
それは
戦に勝った側(=武田軍)が負けた側の女子供を捕らえ、市場を開いて売買しているという物だった(○。○)。
この話、確か 辺りで最初に指摘されたもので、今では歴史オタクなら知っていて当然の話…だと思う。歴女のみなさんも覚えろよ~ヾ(^^;)
実は
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本日は前回までと比べると穏やか???な回でした。ようやく松山ケンイチが主人公らしい扱いしてもらえるようになりましたねえ(^^;)今までの主人公はどう見ても山本耕史の藤原頼長…ヾ(--;)
さて、本日は実は九州戦国時代マニアにとっても興味深い回でした。
蟹江一平演じる太宰少弐・原田種直。この人は…
秋月氏のご先祖様なのです。
名前見たら分かるかf(^_^;)「種」という通字が入ってますから。
しかしこの人が大河に出ることは二度となさそうですね…。
この原田と平清盛の縁が出来たことで、九州は平家の勢力範囲になるのですが、これが島津氏の南九州デビューにも微妙に関わってくるのですな。
もう一つ興味深かったのは清盛が太宰府での接待で知り、その後後白河法皇にも紹介した、何ともへんてこな作法の抹茶。
これが実は本来の作法で「四頭の茶会(よつがしらのちゃかい)」といいます。
京都の建仁寺で行われるのが有名ですが、鎌倉のどこかの禅寺でもやってたような。
さて、本日は実は九州戦国時代マニアにとっても興味深い回でした。
蟹江一平演じる太宰少弐・原田種直。この人は…
秋月氏のご先祖様なのです。
名前見たら分かるかf(^_^;)「種」という通字が入ってますから。
しかしこの人が大河に出ることは二度となさそうですね…。
この原田と平清盛の縁が出来たことで、九州は平家の勢力範囲になるのですが、これが島津氏の南九州デビューにも微妙に関わってくるのですな。
もう一つ興味深かったのは清盛が太宰府での接待で知り、その後後白河法皇にも紹介した、何ともへんてこな作法の抹茶。
これが実は本来の作法で「四頭の茶会(よつがしらのちゃかい)」といいます。
京都の建仁寺で行われるのが有名ですが、鎌倉のどこかの禅寺でもやってたような。
…前回で、実は区切りの目出度い200首目突破したんですな…自分で入力して気が付かなかった(^^;)
天正18年2月に詠まれたものです。
このころは、文章を書くときに自分より位の高い人の前を1字空ける慣例があったのですが、何故か京橋口という地名の前も一字空いてます。何かと勘違いしたのか、印刷ミスか。
202首目は住吉大社に詣でた時に詠んだのは明白なのですが、この時代「住吉法楽」とか「住吉社法楽」と称する「住吉の神様に願掛けして百句or千句興行する」…という連歌が流行?していたようなんです 参考こちら(Google)
203首目は上の句しかないのですが、この企画恒例により一首として無理矢理カウントしてます(^^;)
住吉大社は梅の名所という話は聞いたことがないので、おそらく大阪天満宮にでも立ち寄ったものでしょうか。最も公式HPに乗っている略歴を見ると何回も炎上しているようで、この時どういう状況になっていたのかがはっきりしませんが。
天正18年2月に詠まれたものです。
「義久公御譜中」
天正十八年二月八日、 殿下秀吉公発於大坂赴於京師矣、龍伯往于 京橋口、見于 殿下也、
天正十八年庚寅二月吉日、詣住吉法楽、
「在御文書方」
千とせふる松の葉分のかすむ日や
空も春たつけしきなるらん 龍伯
「仝上」
難波の梅一見の折節、是を書付て置、
ふる跡にあらぬは梅のわか枝哉 龍伯
(「薩藩旧記雑録」後編2-641)
このころは、文章を書くときに自分より位の高い人の前を1字空ける慣例があったのですが、何故か京橋口という地名の前も一字空いてます。何かと勘違いしたのか、印刷ミスか。
202首目は住吉大社に詣でた時に詠んだのは明白なのですが、この時代「住吉法楽」とか「住吉社法楽」と称する「住吉の神様に願掛けして百句or千句興行する」…という連歌が流行?していたようなんです 参考こちら(Google)
203首目は上の句しかないのですが、この企画恒例により一首として無理矢理カウントしてます(^^;)
住吉大社は梅の名所という話は聞いたことがないので、おそらく大阪天満宮にでも立ち寄ったものでしょうか。最も公式HPに乗っている略歴を見ると何回も炎上しているようで、この時どういう状況になっていたのかがはっきりしませんが。

