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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
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何か前回のと似たような本からのご紹介になりますが
確かに「その当時に現場に居合わせた人間の証言」というところでそっくり。
但し今回紹介する『危ない昭和史』(光人社)は毎日新聞+読売新聞の記者で、戦時中は満州国情報部や防衛総司令部調査班勤務だったという岡田益吉の回顧録です。岡田氏は明治32年(1899年)生まれと言う事ですから、流石にもうお亡くなりになってられるかと。
ちなみに初版昭和57年4月7日。前のよりはマシとは言え、これも古い本になるかな(私としては昭和50年代はついこの間のようなゲフンゲフン)
流石に古い本だけあり、2mm弱四方の活字が2段組みでびっちり。読むの疲れました…

上巻と下巻があり、今田が出てくるのは下巻。
ではまいる。

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これはかなり古い本で、奥付みると昭和40年7月15日発行となっています。
複数の人による証言本です。

元ルーマニア公使・筒井潔の証言「風雲急な欧州に使いして」に一か所だけ今田が登場します。が、結構重要証言。
なお、柳条湖事件(柳条溝事件)当時、筒井は新京大使館勤務。
※外交官は、この事件の結果幣原喜重郎外相が辞めさせられるなど煮え湯を飲まされたため、今田初め陸軍に対する感情は戦後に至るまで最悪だったことには注意が必要です。
皇帝即位を祝って天皇ご名代秩父宮が来満されたとき列車を柳条溝に止めて、爆破事件の直接の当事者河本中尉が宮様に当時の状況を詳細に説明するという一幕があった。中尉は宮様に嘘八百の作り話を申し上げながら冷や汗三斗の思いだったのであろう、ついに脳貧血で倒れてしまった。われわれは「やはり悪いことはできない物だねえ」と話し合った。
戦後、花谷参謀が爆破は河本中尉がやったことを明らかにしたが、それまでは張学良顧問付の今田新太郎大尉が下手人と軍内部でも信じられていたし、今田君も否定もせずにトボケていた。実際は今田が指図して河本が爆破したのであるが、今田、河本の上に板垣、石原、花谷、三谷などの参謀や憲兵が指導したり、グルになっていたことは今や周知の通りである。
p.124
<毎度恒例当てにならない補足>
・皇帝即位:溥儀の即位 実は溥儀を満州国皇帝にするかどうかと言うのはかなり揉めたらしい、石原莞爾は満州青年同盟に同調して反対派 板垣征四郎は賛成派
・河本中尉:河本末守中尉 当時奉天独立守備隊所属
・花谷参謀:例の花谷正
・三谷:三谷清奉天憲兵分隊長

今田が事件早々から主犯と言われていたという証言はこれが初めてかも。

他に気になる話。

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…なるものを、別件で検索していたときに偶然見つけたでござる。
≪書目データ≫
【書目ID】 00190940
【史料種別】 特殊蒐書
【請求記号】 島津家本-さⅡ-7-68
【書名】 島津豊久墓所関係文書
【著者名】
【出版事項】
【形態】 袋綴冊子,1冊
東京大学史料編纂所データベース 所蔵史料目録データベース より(※直リンできませんでした)

もしかしてこれは拙HPでも一度ネタにした
 上石津にある謎だらけの伝・島津豊久の墓に関する資料なんだろうか。
史料編纂所HPでは目録だけで中身書いてないんだよな~あ゛~イライラする!ヾ(^^;)

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以前にもちらっと紹介した本です。
あの「陸軍のモンスター」田中隆吉が戦後すぐ(昭和21年)に書いた本で、その後何回も再版されているようです。
私が入手したのは中公文庫版。末尾に隆吉の息子・稔の解説が付いています。今田が登場するのはこの解説部(実際は隆吉と親しかった東京新聞記者・江上航の手記になる物のようです)。重複するが再掲。
田中が法廷で証言に窮したのは柳条溝事件であった。
 昭和6年9月、柳条溝の満鉄線が爆破されたのを中国側の仕業だとして、関東軍が軍事行動を開始したが、この爆破作業は石原莞爾の命令で、今田新太郎がやったものだ。今田はその時、張学良の軍事顧問だった。田中は直接今田の口から聞いていた。
…ウエップ裁判長は、『君が答えなければならぬ』という。
 切羽つまった田中は、『日本は中国側がやったといい、中国は日本側がやったといった』と苦しまぎれの証言をした。
 田中がこの証言を渋ったのは、当時今田がシンガポールで抑留されていたからだった。…
p.203~204
この本では、他の箇所には今田は登場していません。
が、検索中に他の田中隆吉本で貴重な今田証言を見つけたのだが…ネタバレになるゆえ秘密(^^;)

後、気になった点。

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タイトルみていかにも古そうかつお堅そうなこの本、実は戦前参謀本部がおん自ら出版した満州事変公式記録本…になる予定だったのですが、その後すぐに日中戦争が始まってしまい、当初予定した半分も作れなかったという曰く付きの資料なのです。

入手した本は戦後の昭和47年に再版された物。
奥付みてると
昭和十年三月二十五日第一刷発行
昭和四十七年九月十八日第二刷発行
と37年ものタイムラグがある。あと第2刷が「9月18日」発行というのは柳条湖事件勃発日と引っかけてるんだろうな、きっと。
それと、発行所が株式会社厳南堂書店。この本屋、私のような戦国島津ヲタにとってはとっても馴染みのあるところで、あの『鹿児島県史料』の取次店なのだ。こんな物もつくってたのか…。

さて、これに今田はどのように登場するのだろうか?

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