拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
「播磨の犬寺」…と言っても兵庫県民でも知らない人の方が多いかも知れない。
が!実は1300年ぐらい歴史のあるお寺のようで、公式HPもちゃんと存在している。こちら
ちなみに正式名は「法楽寺」という…が、公式アドレスが既に「犬寺(inudera)」。
…最近更新されてないのが心配だがヾ(--;)
という、自分のことを棚に上げた話はおいといて
このお寺には極めて独自性の高い奇妙な創建説話が伝わっている。管見では、他の寺では同じ話を聞いたことがない。少なくともこのお寺の近隣で同じ説話を持っているところは見たことがない。公式HPから引用してみよう
・「元亨釈書」版はこちら
・「峰相記」版はこちら
余りにも興味深い説話なので、地元の郷土誌かなんかで既に論究されているだろうと思った
ら、何と意外なことに郷土誌自体が存在してないことを今頃確認(○。○)
…拙ブログのネタ元・島津氏関係では各市町の郷土誌に大変お世話になったので、「鹿児島県でもこんなにあるから、兵庫県でも」と思ったのが大間違い_| ̄|○というか鹿児島のことなめててごめんなさい
ネットで検索してみたが、この話をネタにしている論文や本の類はないようだ…。地元の観光協会などで話に触れているのは以下の通り
・神河町観光協会「播磨犬寺物語」(pdf)
・兵庫県教育委員会「犬寺物語」(pdf)
但し両方共話を紹介しているだけで、その背景などを詳しく検証した物ではない。
図書館で調べた所、『兵庫県史』では論究無し、また一般向けの『兵庫史を歩く』『新兵庫史を歩く』『新兵庫史を歩く2』(以上NHK神戸放送局/神戸新聞総合出版センター)、『播磨史の謎に迫る』(播磨学研究所/神戸新聞総合出版センター)を見たが、「犬寺」「法楽寺」の名前すら出てこない_| ̄|○
学術的に検証してそうな論文はciniiで検索した限りでは以下の物だけのようだ。
・『犬寺縁起絵巻』の成立 : 付・翻刻(徳田和夫、学習院女子大学紀要 1, 43-68, 1999)
・再び『犬寺縁起絵巻』について(徳田和夫、学習院女子大学紀要 2, 1-13, 2000)
※「犬寺縁起絵巻」は先述の話を元に江戸時代に描かれた絵巻物で、内容に脚色が入っているという。現在は大阪市立美術館所蔵。
…こんな面白いネタなのに、何と全く手つかず状態だった…(-_-;)
が!こういうネタこそばんないの好物(ヲイ)
今まで拙ブログで「このネタ手つかず!」…と食い散らしたネタは以下の通り数知れず?ヾ(^^;)
・島津義弘のあの肖像画
・「昭和15年在神戸英国領事館襲撃事件」について
こんな美味しいお話に食いつかない方が勿体ないでしょう!?
…ということで、この辺が切りが良いので、次回に続くということで_(。_゜)/。
が!実は1300年ぐらい歴史のあるお寺のようで、公式HPもちゃんと存在している。こちら
ちなみに正式名は「法楽寺」という…が、公式アドレスが既に「犬寺(inudera)」。
…最近更新されてないのが心配だがヾ(--;)
という、自分のことを棚に上げた話はおいといて
このお寺には極めて独自性の高い奇妙な創建説話が伝わっている。管見では、他の寺では同じ話を聞いたことがない。少なくともこのお寺の近隣で同じ説話を持っているところは見たことがない。公式HPから引用してみよう
大化年間、現在の兵庫県神崎郡神河町に枚夫長者という豪族がいた。彼には子供がいなかったが、二匹の愛犬を我が子のようにかわいがっていた。実はこの話、初出は「元亨釈書」という鎌倉時代に成立した日本仏教史解説本で、次に出てくるのが室町時代に成立した「峰相記」という播磨国の寺社解説本。両方でちょっと字が違ったりする個所もある(主人公の名前が「元号釈書」では”枚夫(ひらふ)”「峰相記」では“秀符(ひでふ)”)が、ほぼ上記で紹介したのと同じ内容である。
そのころ都で戦が起こり、枚夫長者もその戦に従軍することになった。
その留守中家来と枚夫長者の妻が不倫関係となり、やがて帰ってきた枚夫長者を狩りに誘い出し殺そうとした。その危ないところを助けたのが、二匹の愛犬たちだった。
大変感激した枚夫長者は愛犬の死後、私財をなげうって伽藍を建立した。
以後、三度野火が迫るも千手観世音菩薩の霊験か、伽藍には被害がなかったという。そのことが、桓武天皇のお耳に達し当山を「官寺」とした。
http://www.inudera.com/engi.html
・「元亨釈書」版はこちら
・「峰相記」版はこちら
余りにも興味深い説話なので、地元の郷土誌かなんかで既に論究されているだろうと思った
ら、何と意外なことに郷土誌自体が存在してないことを今頃確認(○。○)
…拙ブログのネタ元・島津氏関係では各市町の郷土誌に大変お世話になったので、「鹿児島県でもこんなにあるから、兵庫県でも」と思ったのが大間違い_| ̄|○というか鹿児島のことなめててごめんなさい
ネットで検索してみたが、この話をネタにしている論文や本の類はないようだ…。地元の観光協会などで話に触れているのは以下の通り
・神河町観光協会「播磨犬寺物語」(pdf)
・兵庫県教育委員会「犬寺物語」(pdf)
但し両方共話を紹介しているだけで、その背景などを詳しく検証した物ではない。
図書館で調べた所、『兵庫県史』では論究無し、また一般向けの『兵庫史を歩く』『新兵庫史を歩く』『新兵庫史を歩く2』(以上NHK神戸放送局/神戸新聞総合出版センター)、『播磨史の謎に迫る』(播磨学研究所/神戸新聞総合出版センター)を見たが、「犬寺」「法楽寺」の名前すら出てこない_| ̄|○
学術的に検証してそうな論文はciniiで検索した限りでは以下の物だけのようだ。
・『犬寺縁起絵巻』の成立 : 付・翻刻(徳田和夫、学習院女子大学紀要 1, 43-68, 1999)
・再び『犬寺縁起絵巻』について(徳田和夫、学習院女子大学紀要 2, 1-13, 2000)
※「犬寺縁起絵巻」は先述の話を元に江戸時代に描かれた絵巻物で、内容に脚色が入っているという。現在は大阪市立美術館所蔵。
…こんな面白いネタなのに、何と全く手つかず状態だった…(-_-;)
が!こういうネタこそばんないの好物(ヲイ)
今まで拙ブログで「このネタ手つかず!」…と食い散らしたネタは以下の通り数知れず?ヾ(^^;)
・島津義弘のあの肖像画
・「昭和15年在神戸英国領事館襲撃事件」について
こんな美味しいお話に食いつかない方が勿体ないでしょう!?
…ということで、この辺が切りが良いので、次回に続くということで_(。_゜)/。
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