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拙HP「戦国島津女系図」の別館…のはず
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今頃になって、京都府立資料館が京都学・歴彩館という別物の組織になっていたことを知る。
学生時代から長きにわたって資料館にはいろいろお世話になっていたので、感慨深い物があるなあ。

では本題に戻って
前の話はこちら 



このネタも遂に3回目。
今回俎上に挙げるのは不比等の三男・宇合の式家の皆様です。
前回北家をネタにしたときに、意外や意外式家関係の女性が多く妻になっていたことにビックリしたのですが、ではその式家の皆様はどこから嫁を迎えていたのでしょうか。
今まで南家や北家を見た時には式家に嫁に行った女性をお見かけしなかったような気がするのだが。

ではご興味のある方は「つづきはこちら」ボタンをクリックプリーズ。


拍手[3回]



先ず一番最初にネタにするのは、式家の初代・藤原宇合から。
※主に『尊卑分脈』参照
妻:石上国盛(石上麻呂の娘)
 長男:藤原広嗣(?-740)
 次男:藤原良継(716-777)
妻:高橋阿禰娘(高橋笠朝臣の娘)
 三男:藤原清成
妻:小治田功麿男牛養女
 五男:藤原田麻呂(722-783)
妻:久米若女(久米奈保麻呂の娘?)
 八男:藤原百川(732-779)
妻:佐伯家主娘(佐伯徳麻呂の娘)
 九男:藤原蔵下麻呂(733-775)
生母不明
 四男:藤原綱手(?-740)
 女子:藤原魚名室
 女子:藤原巨勢麻呂室
宇合の正室は奈良時代初期の左大臣・石上麻呂の娘である石上国盛で先ず間違いないでしょう。この人についてはこの辺から詳述したので省略。
三男の清成を生んだ阿禰娘の父「従四位上高橋笠臣(朝臣)」ですが、同時代史料には全然出てこない人です。ただ類似の人物として『続日本紀』に高橋笠間(?~和銅3年(710年)1月11日、従四位)という人がいます。この人の娘である可能性はかなり高いと考えます。なお高橋氏ですが、藤原宇合との結びつきが非常に強い一族だったようで、宇合やその長男・広嗣の元で働いた高橋安麻呂、『万葉集』歌人で『常陸国風土記』編纂に関わった高橋虫麻呂などが挙げられます。
五男の母「小治田功麿男牛養女」ですが、最初これを「小治田功麿男牛の養女」と読んで訳が分からない状態に(^^;)正しくは「小治田功麿の息子・牛養の女」ですね。この「小治田功麿」…と言うのに見覚えがあったのですが、なんと藤原武智麻呂の側室の父じゃないですか(武智麻呂五男・巨勢麻呂の母が小治田功麻呂の娘)。武智麻呂と宇合の間にはこういう関係もあったんですねえ。
八男・雄田麻呂(百川)の母である久米若女については以前拙ブログでちょっと書いています。この人は中下級女官だったと考えられています。
九男・蔵下麻呂の母である家主娘の父・従五位上佐伯徳麻呂については同時代史料に該当者無く不詳。佐伯氏は軍事関係で活躍した人が多く、宇合も軍事関係で活躍しているからその辺の関係で縁ができたのだろうか。

宇合の結婚関係では特筆すべきはやっぱり石上国盛を正室にしたことでしょう。父・不比等の上司だった石上麻呂の娘…うーむいかにも政略結婚。
後は兄2人(参照)に比べても結構もて男というか(^^;)いや宇合がもて男なのは『万葉集』等でばれてはいるんですがヾ(^^;)。でも部下?の娘(高橋阿禰娘、佐伯家主娘)とか実家の関係者(小治田牛養女)とか結構ご近所で手を着けているようにも見えるヾ(--;)
あと、娘二人の内一人は南家の嫁(巨勢麻呂室)、もう一人を北家の嫁(魚名室)にしているなど藤原氏内での婚姻関係構築にも割と熱心な傾向が見られます。



次は宇合の息子たち。まずは広嗣の乱で盛大に自爆された(をい)長男・藤原広嗣から。
子孫なんかいるのか、と思ったが『尊卑分脈』によればこれがいるらしい。
生母未詳
 長男:行雄
 次男:長常
…特筆することはありません。やっぱり大乱を起こした人はまともにデータが後世に伝わらないのであった…。

次は次男・良継(宿奈麻呂)。この人は今までも結構お名前が登場しているが、改めて考えてみる。
※主に『尊卑分脈』参照
妻:阿倍古美奈(?~784) ※阿倍粳蟲の娘
 女子(次女?):藤原乙牟漏(760-790) ※桓武天皇皇后、平城天皇・嵯峨天皇母
生母不明
 男子(長男?):藤原託美(宅美)
 女子(長女?):藤原楓麻呂室、園人母
 女子(三女?):藤原鷲取室、藤嗣母
 女子(四女?):藤原家依室、三起母
 女子(五女?):藤原永手室、雄依?+曹司母
 女子:藤原諸姉(?-786) ※藤原百川室、桓武天皇夫人・旅子母
妻:蓼原氏
 男子:能原長枝(768?-?)
パッと見ただけで分かりますが、『尊卑分脈』の掲載順はかなり問題がありそうです。というか藤原諸姉が『尊卑分脈』に載ってなかったことにビックリ。
夫の年齢+産んだ子供の年齢から換算して考えると
 乙牟漏:桓武天皇(737~806)平城天皇(774~824)
 長女?:藤原楓麻呂(723~733頃生まれ)園人(756~819)
 三女?:藤原鷲取(742~746頃生まれ)藤嗣(773~817)
 四女?:藤原家依(743~785)三起(?~?)
 五女?:藤原永手(714~771)曹司(758~793)
 諸姉:藤原百川(732~779)旅子(759~778)
実際の順番は
 長女?(楓麻呂室)720~730年頃生まれ
 →諸姉(百川室)730~740年頃生まれor五女?(永手室)730~740年頃生まれ
 →三女?(鷲取室)740~750年頃生まれor四女?(家依室)740~750年頃生まれ
 →乙牟漏(桓武天皇皇后)760年生まれ
…かな。途中で団子になってるが(^^;)だって決めがたいんだもん
唯一の男子である託美(宅美)は従五位下に任官されたのが宝亀2年(771年)と言うのから類推すると745年~750年ぐらいの生まれでしょうか。
あと最後の方に蓼原氏の娘が生んだ「能原長枝」という男子がいますが、この人は『尊卑分脈』には出ず、『日本後紀』で登場しているので存在が分かっています。「何で藤原姓じゃないの?」と気が付いた方、鋭い。実は良継は生前この長枝を自分の実子として認めなかったためいわゆる「無戸籍児」に。平城天皇(良継の孫)が長枝に同情し、新しく「能原」氏をもらったという次第のようです。
なお、良継の妻で素性が判明しているのは阿倍古美奈ただ一人。阿倍粳蟲(『尊卑分脈』によれば阿倍嶋麻呂の子だが疑問視されている)の娘と言うことですが、粳蟲は従五位下という中級貴族で亡くなったようなので、式家の実質当主の妻としてはやや身分が低いような気も。あと国文学系の人の方が良く知っているかと思いますが、良継は他に石川氏の女性を妻にしていたようですが、結局別れてしまったようです(『万葉集』20-4491)。
…こうやってみてみると、良継の閨閥関係ってなんか暗い、と言うか黒いヾ(--;)。自分の娘を4人までも北家に送り込んでるし(しかもその内2人を永手・家依親子両方に据えるという)、隠し子もいるし。なお、乙牟漏が平城天皇、嵯峨天皇を生んだことで外戚となり安泰かと思われた良継の系統ですが、唯一の男子・託美が若死した(『尊卑分脈』によれば長岡京で殺害されたとかガクブル)ことで断絶してます。長枝を代役にして後を続けるという発想はなかったようですな。

では次行きましょー。三男の清成です。この人は『尊卑分脈』では従三位になったとか贈太政大臣正一位になったとか華々しい注記が付いてますが、同時代史料には全く登場しない謎の人物です。実際の所は、広嗣の乱に連坐して日陰のままお亡くなりに為られたかと思います。
※主に『尊卑分脈』参照
妻:秦朝元の娘
 男子:藤原種継(737-785)
妻:右大臣経綱(継綱?)の娘
 男子:藤原安継 ※種継の息子かという注記有り
生母不詳の子女
 女子:藤原正子 ※桓武天皇女御
『尊卑分脈』は、実際は娘であの「薬子の変」で有名すぎる薬子を種継の子として書いていたりするなど明らかな誤記が多いので注意が必要です。『尊卑分脈』では三男として登場する「濕麿」(母・佐味丸女、従四位上越後守大蔵卿)も実際は種継の三男「?麿」(「?」は「糸」編に「日」「四」「方」を縦に組み合わせた旁がつく、母・従五位下鷹高佐味丸女、従四位下越後守)と同一人物と見て間違いないでしょう。次男と目される安継にしても、母の「右大臣経(継カ)綱女」の”経綱(継網)”が藤原継縄と考えられるので、無位無冠で終わった清成の妻になるには身分も高すぎ、年齢も合いません。
実際の所、清成の子供は種継と桓武天皇の后になった正子の2人だけだったのではないかと。
ただ、清成の妻に秦氏の女性がいたことは古くから注目されています。藤原種継が長岡京の造営長官になった理由の一つに、長岡京を作った山背国に地盤を持っていた秦氏との関係があったと考えられるからです。

では次つぎ。系図では5番目の登場となりますが、実際は四男だったと考えられている綱手です。この人は広嗣の乱で兄と一緒に処刑されています。
※主に『尊卑分脈』参照
妻:秦朝元の娘
 男子:藤原菅継(?-791)
生母不詳の子女
 男子:藤原葛守
 男子:藤原葛成
 男子:藤原宗成
この人の注目点は、三兄の清成同様、秦朝元の娘を妻にしていること。秦朝元は藤原宇合が遣唐副使になっていた第9回遣唐使で唐から帰国しているので、その辺で縁ができたのかも知れないです。

ドンドン行きましょう。なにしろ宇合は子供の数が多い(^^;)
次は五男の田麻呂なんですが…なんと、『尊卑分脈』では子孫が書いてありません。同時代史料にも田麻呂の子供らしい人は一人も出てこないことから見て、実際に子供がいなかった可能性が高いです。最終的に従二位右大臣にまで上がった人なので、結婚してないとか考えづらい…のですが、田麻呂の場合は実際に生涯未婚を通した可能性も捨てきれないです。というのも『続日本紀』延暦2年3月19日条には「天平14年(742年)に罪(=兄・広嗣の乱に連坐)を赦されて帰京したが、政治とは関わることなく、蜷淵(現在の奈良県明日香村稲淵)の山中に隠棲した。仏教への信仰心が厚く、修行に努めた」と書かれているところから見て、長い間出家隠遁していたともみられ、結婚してなかった可能性も。

では気を取り直して次…と言いたいところですが、六男と七男については『尊卑分脈』に記載がありません。次に書かれている百川(雄田麻呂)が八男なのは『続日本紀』にもしっかり明記されているのでまず間違いないでしょうし。六番目と七番目は広嗣の乱に連坐して、そのまま消えた…可能性が高いです。

と言う事でさらに次。八男の百川(雄田麻呂)です。
※主に『尊卑分脈』参照
妻:藤原諸姉(?-786) ※藤原良継の娘
 長女:藤原旅子(759-788) ※桓武天皇夫人、贈皇太后、淳和天皇母
妻:伊勢大津の娘
 長男:藤原緒嗣(774-843)
生母不明
 女子:藤原帯子(?-794) ※安殿親王(のちの平城天皇)妃、贈皇后
 三男:藤原継業(または緒業)(779-842)
旅子の母・藤原諸姉については良継の所で書いたので省略。
緒嗣の母・「従三位伊勢大津」は『続日本紀』天平神護2年(766年)12月22日条に出てくる「伊勢大津」と同一人物だと思うのですが、この人従三位なんて高位にはなってないような。同族の伊勢老人は娘・継子が平城天皇の后の一人になっています。その辺の関係で百川の嫁になったのかしらん。

ようやく最後に到達。九男の蔵下麻呂です。
※主に『尊卑分脈』参照
妻:粟田廉刀自(粟田馬養の娘)
 次男:藤原縄主(760-817)
妻:乙訓女王(掃守王の娘)
 五男(七男?):藤原綱継(763-847)
妻:不詳
 長男:藤原宗継(758頃-?)
 男子(三男?):藤原綱主
 九男(四男?):藤原浄本(771-830)
 男子(五男?):藤原八綱
生母不詳の子女
 男子(六男?):藤原清縄(清綱)
 女子:藤原姉子 ※藤原綱継室、吉野母
 女子:藤原真友(※藤原是公(南家)次男)室
良継同様、『尊卑分脈』の掲載順(上記で(○男?)と書いてある分)が、同時代史料の記載順とかなり異なるので注意が必要です。同母兄弟で固めたからこんな記載順になったのだろうか。
次男・縄主の母方祖父・従五位上粟田馬養という人は天平年間に地方官を務めた人です。まあ、藤原不比等の孫+宇合の息子でも9番目になるとこんな所かなあ、てか(^^;)
その3歳下の弟・五男の綱継の母が系統不詳ながら皇族というのは注目点かと。
後は娘の一人を南家(当時右大臣だった是公の息子)に嫁にやってるところがポイントですかねえ。



以上で式家の皆様の考察終了。
父の宇合はともかくとして、子供の妻室には高位の貴族の子女がいません。やはり藤原広嗣の乱で一族連坐したのがかなりひびいていると考えられます。
それにしても良継…やっぱり黒いなあ…ヾ(--;)


次回は藤原京家の皆様をお料理する予定です。最終回…になるはずなんですがどうなるかな(^^;)
つづく~
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無題
ご無沙汰してます。
ようやく物流は元通りになりました。
被災地は大変ですが真冬でなかったのは不幸中の幸いでした。
お見舞いありがとうございます。
時乃栞 2018/10/01(Mon)21:35:22 編集
お大事に
お久しぶりです。大変な中、わざわざ拙ブログにお越し下さりありがとうございました。
関西の方も急に涼しくなりまして、北海道は寒いぐらいじゃないかと思います。余震はもちろん電気のこととか、これから当分は落ち着かないと思いますが、お大事にお過ごし下さいませ。

拙ブログももうそろそろ本来の島津ネタを出さないと考えているのですが、色々あるとちょっと今は手がつけられない…最後は私事になって済みません
ばんない 2018/10/02(Tue)06:36:23 編集
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